第8章・59節『複雑な話』
ヤマト島に上陸した後、イノ・シカヤマとユズユキ・カシワは、2時間半かけて島を調べていた。乗客が降ろされた砂浜以外は、岩棚か岩場、あるいは崖になっており、付近の海も含めて目ぼしいものは見つからなかった。
ポルポ便で事件を報告してきた乗客は、地下通路の存在も示していたが、島でも地下通路でも、何ひとつ手掛かりは得られなかった。とは言え、地下通路の奥まで確認するには、装備も人員も足りていなかったのだが。
サヘー島に帰る小型船の上で、2人は何か見落としがないかと調書を読み返していた。襲撃された定期輸送船の乗組員と乗客の分。そしてコワト村で行方不明となっていたカズラ・シーファー。さらに植物学者のフルイ・ラグの調書だ。バラノ村の孤児に関しては、見直すほどの内容がなかったため、調書の複製は取っていなかった。
「チョスポって、変な名前よねぇ。ポルポとミチアキモラの集落って言うけど、どっちがつけた名前なのかしらー」
夜風が冷たくなってきたため、船の小さな操舵室に入りながら、シカヤマがおどけて笑った。
「最後にポがついてますから、大方ポルポがつけたんだと思いますよ」
カシワは風で絡んだ髪を直しながら、手に持っていた書類を見下ろした。サヘー島の治安維持部隊が徹夜で調べた、地下通路に関する報告書の一部だ。
「落盤があると思うだけで、地中に行くことに躊躇します。どう注意していても、運が悪ければ巻き込まれる訳ですから」
そこには、チョスポとゴンゾー街を結ぶトロッコ線が、途中落盤で通行止めとなっている事が記されていた。報告書の中ほどには地下の簡易地図が描かれており、落盤箇所にバツ印が付けられている。
ただ、完全に崩落していた訳ではなく、人が通ることは可能なようだ。
「目頭だったかモラだったか忘れたけど、岩まで食べちゃうんでしょう? 落盤の原因になってるって聞いたけど」
そばで舵をとっている船長のドゥルフが、船の揺れに合わせて長いしっぽを揺らしている。シカヤマが声を上げるごとに、長く黒い耳を伏せがちにしている所を見るに、甲高い声が苦手なようだ。
カシワはドゥルフの元になった犬の遺伝子が、シェパードと言う品種のものだと言うことは知っていた。たまに見かける程度には、犬そのものも残ってはいる。
しかし、シェパードという名称が誰によってどのように付けられたのか、今では知る由もなかった。
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時刻は21時を過ぎ、定期輸送船の客室では子供の寝息が聞こえ始めていた。カーネルシアは未だに櫛を持ち、カズラとルク・ミィアのしっぽを飽きもせず、念入りに手入れしていた。
船酔いがぶり返してきたのか、ラグが鞄を抱え込んでうなだれている。カズラは目を細めながら、カーネルシアにしっぽを預けていた。ルク・ミィアが微動だにしない所を見るに、すでに寝落ちしているのだろう。
船の揺れと、きしみから来る不協和音。そして心もとない電灯の明かりが、確かに眠気を誘っていた。
うとうとしかけている内に、カーネルシアが何かつぶやいていることに気付く。
「ちょっとじゅちゅ……ちょっとじゅちゅ……ちょぉっとぉじゅちゅ~……ぢゅ? ……ぢゅちゅぅ~」
不安定なメロディに乗せ、繰り返しつぶやきながら、しっぽに何度も優しく櫛を入れている。
「なんの歌だ」
カズラの少し呆れたような声に、カーネルシアは櫛を動かし続けながらも歌を止めた。
「ポルポ便の歌だ。ゴンゾー街に送ってもらった時、ポルポが歌っていただろう?」
ポルポと通った穴のことを思い出し、カズラが身震いをする。毛もよだつ、おぞましい体験のことは2度と思い出したくなかった。
「毛が逆立っているぞ」
カーネルシアが、ふくれたカズラのしっぽを振り回す。
「あいつ、ポルポル言っていただけで、歌ってはいなかっただろ」
カズラはしっぽの先を動かしながら、上ずる声で答えた。
「それはカズラが聞くことに意識を向けていなかったからだ」
カーネルシアはそう言うと、カズラの動くしっぽの先を目で追った。まるでしっぽの先だけが別の生き物のように、くにくにと動き回っている。
あの衝撃に晒された状態で、意識を向けろと言うのは酷な話だった。いや、もとい。カズラにも確かに聞こえていたのではないか?
ブヨブヨとしたゲル状の何かが全身を通過していく音と、ポルポから聞こえて来ていたポルポルと言う謎の音。それらが、混乱した頭の中で歌として作り変えられてもおかしくはない。
カーネルシアは幻聴で歌を知ったのだ。カズラはそう納得すると、忘れていたように鼻から息を吐いた。
「お前、コワト村の牢で、自分を助けようとする奴を久しぶりに見たと言っていたが……どうしてバラノ村に帰らなかったんだ? 誰かから暴力を受けていたのか?」
ラグの言っていた、孤児の髪と目の色の違い。
カズラはカーネルシアを疑う気にはなれなかった。しかし、カーネルシアの言う複雑な話ができる関係になるためには、その話題が避けて通れないことのように思えた。
「それも複雑な話だ」
カーネルシアはカズラに、足掛かりすら与えないように答えた。
「何なら話せるんだ。お互いを知るためには、何を話せばいい」
カズラの言葉に、カーネルシアの手が止められた。何かを考えているように、唇が波打ちはじめる。
「話しても無駄だろう? 何万回話したところで、理解しあうことなどできないんだ」
「どうして決めつける。俺とはまだ話し込んでいないだろ」
カズラの真っすぐな瞳を、カーネルシアが真正面で見つめ返した。何の感情も漏らさず、何かを訴えかけて来るわけでもない。体が引きずり込まれるようなめまいを感じ、カズラは思わずカーネルシアから目をそらした。
口では格好の良いことを言ったが、カズラの他人に対する考え方も、カーネルシアのものと大差はなかった。カズラは、カーネルシアの中に自分を見た気がして、少しばかり狼狽えた。
「カズラはどうして僕のことが知りたいんだ?」
逆にカズラに質問し返したカーネルシアは、櫛に目を落とし、残っていた細く柔らかな毛を集め始めた。
瑠璃色のポンチョコートの裾に置いていた薄黄緑色の毛に、櫛から取ったそれを重ね、手の平で丸めて毛玉にする。
「……一緒に暮らすことになるんだ。お互い、よく知った方がいい」
カズラはそう言いながら、カーネルシアの行為を見て眉をひそめ、薄黄緑色の毛玉を奪おうと手を伸ばした。
「何をする気だ? これは僕の物だ。欲しかったら自分で集めるんだぞ?」
カーネルシアはカズラの手をするりとかわすと、毛玉の代わりに櫛を手渡した。
「そんな物はいらない。汚い毛玉をどうする気だ」
カズラがため息をつきながら、櫛をカーネルシアのカバンに入れようとした。しかし、ゴンゾー街でカーネルシアが作っていた【にょん】が、不格好な成りで中を占めている。
小さな毛玉を親指と人差し指で挟みながら、カーネルシアは夢中でそのやわらかさを楽しんでいる様子だ。カズラは眉間に深いしわを寄せながら、【にょん】とカバンのわずかな隙間に櫛を強引に押し込んだ。同時に、【にょん】の下にあった紙袋に目が留められた。それは、ルク・ミィアが購入したカーネルシアの下着が入っている物だった。
「まだ下着を着ていないのか」
カーネルシアに聞いてしまってから、カズラは黙って紙袋ごと隠してしまえばよかったと後悔した。




