第7章・53節『木箱の行方』
定期輸送船の乗船手続きはすでに開始されており、カズラ達はカフェを出ると乗船口に向かった。
昨夜ヤマト島で救助された者達もいたため、周囲は思った以上に混雑していた。それが幸いして、カズラはクルーセに見つかることなく、船に乗り込むことができた。
手を振るウタゲに見送られながら、船は16時丁度にグレィマへ向けて出港した。
カズラはグレィマ籍ではあったが、グレィマが具体的にどのような場所なのか想像すらできなかった。ラジオ番組や、兄達がごく稀にゴンゾー街から持ち帰る季刊雑誌などを盗み見て、サヘー島とは比べられないほどの都会である事くらいは知っていた。
しかし、欠片の情報だけを寄せ集めたところで、たかが知れている。
問題は、自分を受け入れてくれる働き場所があるかどうかだ。
船の中を移動しながら、カズラは紺色の風防服のポケットにしまい込んでいた紙袋を取り出した。手に入れた下着をはかなければ、落ち着くものも落ち着かない。船の上ならば、誰もカーネルシアを連れ出せはしないのだ。少しの間離れても問題はないだろう。
座る場所を見つけた3人を残し、カズラはトイレを探しにその場を離れた。
「そう言えばカーネルシア、雑貨屋で櫛を購入されていましたね。それで髪をすいて差し上げましょうか?」
ルク・ミィアはカーネルシアの隣に座ると、足元に長鞄を置きながら優雅に話しかけた。隣の席に着いたラグも、早速何やら冊子に書き留め始めている。
「僕は必要ない。櫛は君たちの毛の手入れをするために買ったんだ」
カバンの中から目の細かい櫛を取り出すと、ルク・ミィアのコートから見えていたしっぽを手に取り、毛をすき始めた。ルク・ミィアが唖然とした表情で、カーネルシアと同じように自身のしっぽを見下ろす。
「手入れをしないと、毛玉を吐くことになるからな。にゃんにゃんは大変だ」
カーネルシアはクースフローが猫と同じように、自分の毛をなめて毛づくろいをするとでも思っているのだろうか。
訂正するか迷ったルク・ミィアだったが、丁寧にしっぽをすいているカーネルシアを見て微笑み、しばらく黙っていることにした。
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セルデンサロー特別捜査官イノ・シカヤマと、グレィマ特別捜査官ユズユキ・カシワは、予定通りゴンゾー港で再会していた。メロウティアと庁舎で別れてから、カシワは再度カズラ達の調書を見直しており、大半の事項を頭に入れていた。
カシワは、シカヤマが乗ってきたセルデンサロー王室所有の小型船に乗り込むと、調書の要約をシカヤマに説明した。
小型船はカシワを回収した後、すぐにヤマト島へ向かう手はずとなっていた。日が暮れるまではまだ時間があったため、島に上陸して調べる事もできるだろう。
海は小波が立つ程度で比較的穏やかだった。シカヤマは幾分やつれた顔をしていたが、それでもまだ捜査には影響がなさそうだ。
「ほんと、久しぶりねぇ。カシワ君元気にしてた? 委員長とはまだ結婚してないの?」
カシワの説明がすむや否や、シカヤマがプライベートにずけずけと踏み込んできた。
「彼女の次の選挙までには入籍する予定なんですが……。まずは、この事件を解決させるのが先決ですから」
こわばった愛想笑いで、カシワがシカヤマに答える。
メロウティアとは親を介して出会っており、残念ながら恋だの愛だのという間柄ではなかった。親に敷かれたレールを歩めば、一生平穏に暮らせるのだ。メロウティアとの間に愛がなくとも、建前上、世のために子を作ることはできる。
メロウティアも名家の娘ではあったが、性には非常に奔放で、秘書のマエルーとも関係を持っていることは知っていた。それはカシワにとって、何の興味もわかない話だった。
カシワには愛を求める感情が、全くなかったからである。
「カシワ君ー聞いてるかな? ひとりの世界から帰ってきてー」
シカヤマの声高な呼びかけに、カシワがようやく顔を向けた。海上の風で互いの髪があおられ、ひどい有様だ。
「すみません、少し考え事をしていて」
「それじゃあ、現時点でのカシワ君の考えを聞かせて」
船の後ろから、スクリューを回す蒸気機関の音が、絶え間なく聞こえてきている。白い波が扇状になって広がっていく様を見つめながら、カシワは散らばった思考を整理しようとした。
「ヤマト島で乗客が放り出されたのは、小さな浜辺だそうです。そこからはサヘー島が見えるだけで、それ以外はヤマト島の山の影になって見えないんですよ」
つまり、賊が船からチァーラの実のつまった木箱を、どの方角に運んだのかが見えなかったと言うことだ。
遠回りでもしない限り、サヘー島に賊の船が向かったとは考えにくくなる。
「セルデンサローに向かっていた輸送船では、乗客は船の後方に集められ、動けないように縄で縛られ、目隠しもされていたと聞きました。これも、サヘー島の方角です」
シカヤマはカシワの声を必死に聞きながら、風に暴れる黒く短い髪を押さえた。無駄な抵抗に、何か意味があるのだろうかとカシワが思った。
「つまり、賊はサヘー島以外の方角に逃げた可能性が大きい。2つの襲撃現場は、その距離と発生時間を考えると、別々に行動を取ったと思われます。賊が乗ってきた小型船が目撃されていますが、それに木箱をすべて乗せるのは無理でしょう。別途実を運ぶ船も必要になります。その場合、箱の量からして中型クラスの輸送船になりますよ」
カシワの従姉に当たる人物が、現グレィマの首相であることはシカヤマも知っていた。カシワの両親も、グレィマで有数の実業家だ。しかし、カシワは思い上がることもなく、誠実に職務をこなす、シカヤマも認める優れた人間だった。
ふんわり曲線を描いていたはずのカシワの茶髪が、見るも無残に頭の上でもじゃもじゃと塊になる。流石のイケメンも台無しだと思いながら、シカヤマは遠ざかっていくサヘー島を見た。
「複数人が関わっていることは確実ねぇ。港以外でも上陸可能な場所はあるだろうけど、190箱もの荷物をどうやって運ぶんだろうね」
1箱辺り、カル木でできた輸送用の木箱の重さを含めても、たった5キログラムだ。全てを合わせても1トンを切る。重量としては蒸気トラックが1台あれば事足りるが、問題は大きさだ。
「一度に運ぶとなると、さすがに目立ちますよ」
「違う商品に見せかけて運ぶ? でも、目立つのは一緒だわねぇ」
ヤマト島近くで漂流していた定期輸送船は、サヘー島の治安維持部隊が漁船を使い、すでに回収をすませていた。
カシワも真っ先に船を検証したが、手掛かりになりそうな物は麻酔弾の残留物程度だ。成分を分析すれば、どの島で作られた麻酔弾なのかは分かる。ただ、それがどこかから盗まれた物であるのなら、犯人にたどり着く事は困難になるだろう。
ヤマト島につき次第、砂浜とは別の海岸線からヤマト島に上陸し、地下に行けるのかどうかを調べるつもりだった。もし、地下へと運んだ形跡が見つかれば、賊は地下通路を熟知している事になる。
しかし、何にしても190箱分の木箱を、人目につかずに運ぶことなど可能なのだろうか。木箱はデュケーセ・ヘーナーで分解し、残留物を土などに撒いてしまえば分からなくなる。
だが木箱から別のものに入れ替えたとして、その痕跡を残さず運搬できるのか。重さは軽くなるが、体積はほとんど変わらないのだ。
実だけを地下に運び入れるにしても、ヤマト島の地下には集落など無い。全ての実を運ぶとなると、隠し場所でも無い限り、かなりの人手と準備も必要になるだろう。
運搬経路が地下ではない場合、海岸線の監視の目をくぐり抜けたと言う事になる。だが、中型の輸送船が入り込める場所で、多数の荷を下ろしている姿を、住民や漁師などから見られる危険性もあるのだ。
中型ではなく、多数の小型船を利用して運んだのだとすれば、余計に足がつきやすい。小型であろうが、船舶を所有している者の数は、それほど多くはないからだ。
恒星フョーカーが、水平線に少しずつ近付いていく。カシワはそれを見つめながら、賊がもし地下世界の住人であるならば、事件が迷宮入りになるのではないかと不安を抱いた。




