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木漏れ日と君のカーネル  作者: 墨鎧可倉
第7章

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第7章・52節『惹きつけるもの』

「そうですよね……。私が飲んだ後ですから、お嫌ですよね……」

 ルク・ミィアの口から、非常に暗く悲しみに沈んだ声が弱々しく漏(も)れた。カーネルシアは目を宙に泳がせた後、ルク・ミィアの持っているティーカップに口をつけ、ずぞっと半分飲み込んだ。


「!?」

 カーネルシアの行為に愕然(がくぜん)としたカズラを見て、ルク・ミィアが口元を微かに歪め、勝者の笑みを浮かべた。


 カズラが負けじとカクテルに浮いている、切られたポンの実を指でつかみ、カーネルシアの口に近づけた。

「多分うまいぞ。食べろ」

 カーネルシアは再び困惑したようにポンの実とカズラの顔を交互に見ていたが、ルク・ミィアが止める前にそれを口に入れて飲み込んだ。


「カズラさん! カーネルシアに何食べさせているんですか! そもそも指で直(じか)に取るだなんて、汚いでしょーが!!」

「手は拭いた」

 その様子をウタゲが楽しそうに眺めながら、アイスを口に運んでいる。


 ラグは残ったパイのかけらを見下ろし、少し躊躇(ためら)ったものの、カーネルシアに皿ごと差し出した。

「パイ、食べてみるか?」

 すかさずカズラが、皿をラグに押し返した。

「断る」

「カズラじゃなくて、カーネルシアに言ったんだ」

 頑(がん)として皿を押し戻されたラグは、行き場を失った残りのかけらを、結局自身の口へと放り込んだ。


 鼻息を荒くしながら、カズラがカクテルを半分飲み干す。フルーツが沢山入っている割には、それほど甘くもない微妙な味のジュースだ。まるで、安く仕入れた形だけのフルーツで作られた物のようにさえ思える。

 カズラを客と見なさず、低品質な代物を出してきたのだろうか。


 迷いはしたものの、残りの半分をカーネルシアに手渡す。またルク・ミィアが止める間もなく、カーネルシアがそれを一気に飲み干した。


「本当に、さっきから何考えてるんですか!! あなた!!」

 店員と他の客の視線を集めながら、ルク・ミィアがしっぽを震わせて叫んだ。

「まぁまぁ、そんなに度数は高くないって。精々で2、3%よ。でも、カーネルシアは未成年だよね? お酒を飲ませるのはどうかと思うけど」


「酒? 何の話だ」

 カズラはそう言うと、カーネルシアのあごにこぼれた雫(しずく)を親指でぬぐった。

「カクテルが何なのか、ご存じないんですか? れっきとしたお酒ですよ!」

 ルク・ミィアがカズラの拭いた後を、わざわざ上書きするように指でぬぐう。

 カーネルシアは無表情で、行ったり来たりする2人の指に、されるがままになっている。


「そんな味も匂いもしなかったぞ」

 昔兄達に騙(だま)され、目が回るほど酒を飲まされたことがあったが、それとは比べ物にならない品だ。カーネルシアを見ても、赤くなったり具合が悪そうな顔はしていない。


「カーネルシア、もし気分が悪くなったら直ぐに言ってくださいね。念のためにお水をもらいましょう」

 甲斐甲斐(かいがい)しく、ルク・ミィアが給仕に水を頼む。当のカーネルシアは、いつも通りどこ吹く風という表情だ。


「そうそう。みんなに聞きたいことがあるんだけどさ」

 アイスを食べ終えたウタゲが、思い出したように身を乗り出した。テーブルの上で大きな空気を抱え込むように、ウタゲの腕が広げられる。両手はウタゲの肩幅より、大きく開かれている。

「今までに、これくらいの繭を見たことある?」


「繭? ……」

 カズラがいぶかし気にウタゲの腕を見下ろした。サヘー島に生息している動物の中には、繭を作る動物が居るには居る。しかし、どれもが手のひらに収まる程度の大きさだ。


「そんな繭を作れる動物がいるんですか?」

 ウタゲが作る輪を見ながら、ルク・ミィアが聞き返す。その大きさは、円テーブルの半分以上を占めているように見える。

「それが、誰にも見当がつかないんだよね」

 隣で神妙な顔をしているラグと目を合わせ、ウタゲがぼそりと答えた。


「ふよふよ……ふよふよ……ケーぽぅ!」

 唐突にカーネルシアが片手を宙に伸ばし、何かをつまむ様な仕草をし始めた。


 固まるカズラ達をよそに、手をカズラの耳に持っていき、今度はカズラの耳を押して曲げ始める。

「にょにょにょにょぉぉぉん……にょにょにょにょ」

 指を離すと元の位置に戻る耳を見て、カーネルシアは執拗(しつよう)にぴこぴこと押し続けている。


 やわらかで薄く、紫色の短い毛でおおわれている耳は、触り心地が抜群に良かった。カズラは自分の身に何が起きているのか飲み込めていない顔で、無言のまま耳を倒され続けている。


「カーネルシア、まさか酔っているのか?」

 ラグがカーネルシアの顔色を確かめようとゴーグルを下げた。

「にょ……」


「大丈夫ですか!? カーネルシア、お水を飲んでください!」

 水の入ったグラスを、ルク・ミィアがカーネルシアの前に差し出す。カーネルシアは指を止めると、やおらグラスを受け取り一気に水を吸い込んだ。

「僕は大丈夫だ」

 何事もなかったように、カーネルシアが無表情でグラスをルク・ミィアに返す。


「カズラ君はカーネルシアのお気に入りみたいね」

 ウタゲが驚きながらも笑いそうになりながら、動かないカズラに言った。カーネルシアはカズラの横顔を見ると、口の端をくくくと上に曲げた。

「カズラは僕のにゃんにゃんなんだ。いいだろう?」

 ルク・ミィアのふさふさのしっぽが、針で突かれた様に飛び跳ねた。


「ぷっ」

 ウタゲが強面のカズラの顔を直視していられず、後ろを向いて勢いよく吹き出した。

「カーネルシアに飼われてるの、カズラ君……ぷふっ」


 肩を震わせるウタゲに、カーネルシアがかくりと小首をかしげた。

「人は昔から外にいる猫をつかまえて飼うだろう?」

 今度はラグが耐えられずに吹き出し、慌てて咳をして誤魔化した。

 カズラがカーネルシアに思わず声を荒げる。

「クースフローと猫を一緒にするなと言っている!」


 ルク・ミィアだけは、心底面白くなさそうな顔で手元のグラスを小突いた。

「カズラさんの顔でにゃんにゃんは、どう贔屓(ひいき)目に見ても似合わないでしょーが。カーネルシアのにゃんにゃんに相応しいのは、誰が見てもこの私の方ですよ」

 真面目な顔で断言するルク・ミィアに、ウタゲとラグが再度吹き出した。


 2人のクースフローは、カーネルシアを挟んで今にも飛び掛かりそうなほど殺気立ち、刺さりそうな目つきでにらみ合っている。カーネルシアのどこに、彼らをそこまで惹(ひ)きつけるものがあるのか、ウタゲには分からなかった。

 しかし、次にサヘー島の研究所に帰った時には、ラグから面白い話が聞けることになりそうだ。


 チァーラの木の研究にのめり込み、今までサヘー島の外に出ようともしなかったラグが、グレィマに行くと言うのだ。

 弟の多いウタゲにとって、年下のラグもその内のひとりのような感覚だった。彼らと共にグレィマに行くのならば、何も心配はいらないと思えた。

この物語はフィクションです。未成年の飲酒は法律で禁じられています。法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

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