第7章・51節『みんなの関係』
「何も知らない。俺は巻き込まれただけだ」
カズラはそう言うと、乗り出していた体を元に戻し、冷静さを示すように両腕を組んだ。
ラグがカズラの顔をちらりと見た後、ウタゲに身を寄せてつぶやいた。
「ウタゲ、その件は次に研究所に帰った時、詳しく話すから。今は違うことを話そう」
ラグに片眉を引き上げたウタゲだったが、事を荒立てる気はなかったのか、素直にラグに従った。
カズラと同じように、メニューから顔を離したカーネルシアが、椅子に背中を預けた。瑠璃色のポンチョコートは、厚みのある布地ではなかったため、カーネルシアの体の細さが嫌でも分かる。
食事処でキノコの盛り合わせの残りを平らげたとは言え、育ち盛りには足りないカロリーと栄養だ。それを食べてから既に3時間以上経っている事を考えても、小腹くらいは空いているのではないか。カズラも結局茶を飲んだだけで、今日はまだろくに食べていなかった。
軽食も何種類かあったが、グレィマで働き口を探して金を手に入れない限り、カズラの食欲は戻らない気もした。
カーネルシアにもまた、何か気がかりな事があるのだろうか。それとも、ルク・ミィアにおごられる事を良しとしていないのか。
テーブルに来た給仕に、ウタゲとラグ、そしてルク・ミィアが注文した。
「カズラ君は?」
ウタゲに名を呼ばれたカズラは、ようやくその目をカーネルシアからメニューに戻した。給仕が緊張した面持ちで、カズラの肌をちらちらと盗み見ている。見られる事には慣れているものの、例の事件があった後では、格段にカズラの居心地が悪くなった。
ため息をつきつつ、カズラはメニューに視線を走らせた。できるだけ歯に負担がかからない物で、カーネルシアにも分け与えられる物を探さなければならない。そして、プリベリーにキブドウ、ポンの実が飾られたジュースが目に留まった。
「フルーツのキューブカクテルを頼む」
カズラはルク・ミィアに負けない己の気遣いに満足し、口角を持ち上げた。
「カクテルですか?」
「こんな時間からか?」
ルク・ミィアとラグが、ほとんど同時に口を開いた。
「いいじゃない。好きなものを頼んでいいと言ったのは私だし」
3人の奇妙な様子を、カズラが不審そうに見返す。カクテルが何を指すのか知りようもなかったが、絵を見る限り、そこに描かれているのはただのジュースだ。
「で……ラグとどういう関係なのか、詳しく聞かせてもらおうじゃない」
ウタゲがラグを一瞥した後、隠しきれない好奇心を露わにした。
注文した品を給仕がすべて運び終えるころには、ウタゲはラグとカーネルシア達が出会った経緯を耳にすることになった。しかし、誰もがウタゲの質問攻めになることを避けたのか、その大部分が省かれたものだったが。
「え、昨日会ったばかりなのに、一緒にグレィマに行くってこと? ちょっと、すごくない?」
それぞれの前に置かれた手拭きを使いながら、ウタゲの茶色の瞳が食いつくようにぎらぎらと輝く。
フルーツとカクテルが入ったグラスには、長年に渡る使用で細かな傷が多数ついており、透過した光を幾分にごらせていた。プリベリーポンアイスを頼んだウタゲは、木のスプーンでアイスを早速すくい上げた。
原材料は、サヘロディが人の希望を聞いて作ったと言われている大型の生命体、ヌーネイルから取れる乳だ。味はニューニュー蔦の樹液より軽く、単品で飲むには淡泊すぎる代物だ。
しかし、大量に生産出来たため、原材料費をおさえるために加工品でよく使用されていた。
ポンの実のパイを頼んだラグは、既に2口目を頬張っている。かろうじて上品さを保って食べてはいるものの、食欲のわかないカズラからして見れば、胸やけしそうな勢いだ。
ルク・ミィアは、プリベリー茶が入った質素なティーカップを持ちながら、首を傾げてカーネルシアにうっとりとした視線を投げかけた。
「私はカーネルシアの性格が、とても気に入ったんですよ。どの道、グレィマの本社に一旦戻らなければなりませんし。ラグさんはグレィマで話したい方がいらっしゃるとかで。カズラさんは……」
ルク・ミィアは打って変わって、氷点下に冷え切った視線をカズラにくれた。先を言いたくない様子で、熱い茶を口に運ぶ。プリベリー茶の少し苦みのある味と共に、甘酸っぱい香りが鼻に心地よく抜けた。
ウタゲが注文したアイスの上にあった、花が咲いているような3センチメートルほどのポンの実を口に投げ入れた。舌の上で、何かがのたうち回っているような食感と、同じように粘っこい甘さが広がる。
「カズラ君は、どうしてカーネルシアちゃん? 君? と一緒にグレィマに行くの?」
「僕のことは、カーネルシアと呼んでも構わない」
カーネルシアが店の中に入ってくる他の客を眺めながら答えた。
ウタゲが承知したように、カーネルシアに表裏のなさそうな笑顔を向ける。
「じゃあ、みんなも私のこと、ウタゲって呼び捨てにしていいよ。みんなより年上だとは思うけど」
部外者のようにその様子を見ていたカズラが、苦い息をついて口を開いた。
「カーネルシアは俺と一緒にグレィマに行きたいと言っている。だから共に行く。俺が先にカーネルシアの面倒を見ると決めたんだからな」
カズラからのこれ見よがしな言い方を受け、ルク・ミィアが嫌そうに目を背けた。
「え、なに? 2人はあんまり仲がよくない、とか?」
ウタゲが棘のある空気に目ざとく気づき、面白そうに2人を見て声を弾ませた。ルク・ミィアはそれをさらりと流し、カーネルシアにティーカップを近づけた。
「カーネルシア、プリベリー茶を飲んでみますか? ふーふーして冷ましましたし、美味しいですよ」
茶に親を殺されたように、カズラがそれを殺気立ってにらむ。
「ん゛ん゛……僕はいい」
カーネルシアの返事を聞いてカズラが嬉しそうに笑い、ルク・ミィアの耳が露骨に下がった。




