第7章・50節『カズラへの餌』
うつむきながら、粗い石畳をひょこひょこと歩いて来たカーネルシアが、ラグの声に顔を上げた。ウタゲがカーネルシアと、その後ろに続く2人のクースフローに気づき、笑顔で軽く会釈をする。
ラグのもとにたどり着いたカーネルシアは、興味津々にウタゲを見つめた。
「初めまして。私、ラグの同僚のウタゲ・ミズヤ。年齢的には私が先輩だけど。みんなはラグのお友達?」
物怖じしないウタゲに、すかさずルク・ミィアが前に出て名刺を渡した。ここぞとばかりに、自己紹介とハリヌ器の簡単な売り込みを始める。
「名刺、うちの所長に後で渡しておくわね」
ウタゲはルク・ミィアにもらった名刺で、ひらひらと宙をあおいだ。そうは言うが、個人としてはもとより、植物研究所にもハリヌ器が必要になる場面などあるのだろうか。
「こちらがカーネルシアと……カズラだ」
ラグがウタゲの注意を引かないよう、ぶっきら棒にカーネルシアとカズラを紹介した。しかし、目ざといウタゲはカズラの肌の色を見て、思い切りまぶたをつり上げた。
「ああ!? この人、重要参考人じゃない!? 君、カズラ・シーファーでしょ!」
ウタゲがカズラを指さして大声をあげる。まばらに居る周囲の人々が、それを聞いてカズラを一斉に注視した。途端にカズラが敵意を込めた目で、ウタゲを鋭くにらんだ。どちらも、ラグの予想していた通りの反応だ。
「いや、もう、治安維持部隊に事情は説明してある。疑われるようなことは何も……。な?」
周りからの視線に気まずそうな顔をしたラグは、カズラに同意を求めるよう声をかけた。
「あ、そうなの? なぁんだ、つまんないの。みんなもラグとグレィマに?」
カズラのしっぽが、嵐のようなウタゲへの苛立ちを隠しきれないように動く。
「ええ、そうですよ。ウタゲさんは、この後どちらに?」
ルク・ミィアは全く気にしていない様子で、ウタゲとの会話をラグから受け継いだ。流石、日ごろから様々な性格の客を相手にしているだけの事はある。
「私? 私は明日セルデンサローに行く予定。講演会に呼ばれてるから。ね、どうせ乗船時間まで暇でしょ? みんなで、ちょっとお話ししようよ」
ウタゲの誘いに、カズラが卒倒しそうな顔をする。急いでカーネルシアの手を引っ張ると、カズラは無言で輪から離れて行こうとした。
「あ! どこ行くの!? カズラ君!」
ウタゲが、港の方へ歩いていくカズラを呼び止める。
「俺は関係ない。お前らだけで好きなだけ話をしていろ」
カズラは振り向きもせず、カーネルシアを連れてマルモチ広場を横切った。しかし、途中でカーネルシアがカズラの手を逆に引っ張り、その足を止めさせた。
「カズラ、ウタゲはいい人だぞ? 何も心配いらない」
今しがた会ったばかりの人間に、いいも悪いも無い。カーネルシアが根拠もなく、何かにつけて相手をいい者扱いをすることも、カズラの気持ちを逆なでした。
ウタゲがカズラを輪の中に入れようとしているのは、親しくなりたいからではなく、事件の重要参考人としての話を聞きたいだけなのだ。
「心配などしていない。俺は面倒なことが嫌いなだけだ」
カズラのしっぽが、心境を反映してぴしゃりと空を打つ。
立ち止まったカズラに追いついたウタゲが、屈託のない笑顔を見せて言った。
「別に取って食おうなんて思ってないって。サヘー島の灰色の生活に、ちょっと刺激が欲しいだけだから」
何かを思いついたのか、ウタゲの笑みに悪戯なものが重なる。
「何ならアイスクリームおごってあげるからさ。そんな怖い顔しないで」
アイスの存在自体は兄達の話や本で知ってはいたが、カズラは未だ食べたことが無かった。三男のナローフィスが、食べない奴は人生の半分を損しているとまで言い放った、憧れの食べ物だ。
「アイスクリームってなんだ?」
カーネルシアが、無意識に膨れたカズラのしっぽをふんわり握り、元に戻そうとしているかのように、ぶんぶんと振り回しながら聞く。
「甘くて冷たくて、すんごく美味しい物」
明らかに迷いの色を浮かべているカズラを見て、ウタゲが更に惑わすように答えた。
「カーネルシアに冷たいものは酷ですね。さきほど歯を磨いたばかりですし、お茶をごちそうして差し上げましょう」
ルク・ミィアがカーネルシアの隣で優しく気遣う。
確かにカーネルシアのすり切れた奥歯では、冷たい物が強くしみるだろう。しかし、金を持っているからと言って、ここまでカーネルシアの保護者であるかのような態度を取る必要はあるのか。
カズラのしっぽがカーネルシアの手の中で、枷を外すように暴れだした。
「僕は何もいらない。僕のことは構わなくていいんだ」
カズラの膨れ上がる怒りを感じているのか、いないのか、カーネルシアは涼しげな顔でルク・ミィアの提案を断った。途端にカズラのしっぽの動きが止まり、今度はルク・ミィアのしっぽが、コートの下で左右に動き始める。
(カーネルシアを物で釣ること自体が間違っている)
ライバルとしてすらルク・ミィアを認めたくないカズラが、下心ありきと決めつける。ルク・ミィアは人を見る目があると言っていたが、カズラと違ってカーネルシアの本質まではつかめていないのだと思いたかった。
「乗船口が見えるカフェがあるから、そこに行こ?」
一瞬カズラの眉間にしわが寄ったが、このまま何もない広場に居ては、クルーセに見つけてくださいと言っているようなものだ。もし店の中までクルーセが探しに来たならば、ルク・ミィアとラグを盾にして、カーネルシアと裏口から逃げればいい。
決してカフェというものに入ってみたい訳でも、アイスを食べてみたい訳でもない。カズラはそう自分に言い訳すると、ウタゲの誘いに応じてカフェへと向かうことに決めた。
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その店は、乗船口と庁舎を結ぶ通りの南端にあった。目の前に乗船口と、野ざらしの待合所が見え、確かに視認性は抜群だった。店の窓には、粗い目で織られた日よけがかけられていた。外から中が見づらい事も、カズラには都合がよかった。
店内はそれほど混んでおらず、椅子を追加してもらい、5人が同じ円テーブルに着いた。カーネルシアの両隣には、当然のようにカズラとルク・ミィアが座り、ルク・ミィアの左にウタゲ、カズラの右にラグが座った。
店の壁に掛けられたメニューを、ラグが食い入るように見つめる。特に軽食が気になっているようだ。ミチアキモラの食欲は底なしらしい。
ウタゲが立てかけてあったメニューを取り、カズラ達にも見えるようにテーブルの中央で広げた。
メニューには、ウタゲが言っていたアイス以外にも、フウセン草の実やポンの木の果実をメインにしたゼリー、ジュース、パフェなどの絵が描かれてあった。
ルク・ミィアが椅子をカーネルシアの方に寄せ、にっこり微笑む。
「カーネルシア、気が変わったら、何でもお好きなものを頼んでくださいね」
カーネルシアは口を開け、可愛らしい絵を物珍しそうに指でなぞっている。カズラも同じように口を半開きにして、初めての洒落たメニューを穴が開くほど見つめた。
「カズラ君も、好きなの頼んでいいよ?」
ウタゲの言葉を聞き、カズラの耳がピクリと動く。
好きな物を頼んだが最後、【代わりに】という言葉が続くのではないか。
「代わりに、窃盗事件の事とか教えて?」
考えていた文字がそのままウタゲから出たのを聞き、カズラの肩が怠そうに下がった。




