第7章・49節『ウタゲ』
水飲み場でルク・ミィアに丁寧に歯を磨いてもらったカーネルシアは、その後再び買いたい物があると言って雑貨屋に向かった。
ラグだけは、保存食屋でルク・ミィアに言われた事を気にしているのか、近くにある休憩所で待つ事を選んだ。
雑貨屋も保存食屋同様、店内が狭く、ラグの判断は正しかったようだ。中に入ってすぐ、カズラは思い出したようにカーネルシアに耳打ちをした。
「下着を買いたい。金を貸してくれ。乗船券の分と合わせて、後で必ず返す」
断られることは覚悟の上だったが、都会のグレィマよりサヘー島の方が物価は安いはずだ。ここで買えなければ、一生パンツ無しになる可能性も大いにある。
カーネルシアは店内にあった歯ブラシ用のニューニュー蔦の茎を数本持ち、カズラに不思議そうに言った。
「グレィマに行きたいのは僕だから、乗船券のお金は気にしなくていいぞ。服はもう着ているだろう? どうして下にも着るんだ?」
同じくニューニュー蔦の茎を選んでいたルク・ミィアが、その言葉を聞いてガラス玉のような目を丸くする。
「おパンツは大事ですよ? カーネルシア。カズラさんはどうでもいいですが。もしかして、下着を身に着けていないんですか?」
ルク・ミィアもカズラも、チョスポのトスポバーで借りた風呂では、カーネルシアの下着姿を見ていなかった。カーネルシアはルク・ミィアに咎められたとでも思ったのか、カズラとルク・ミィアの間で視線を何度も往復させた。
「それなら、私がカーネルシアのおパンツを見繕って差し上げましょうね」
ルク・ミィアの口からおパンツと言う言葉がこぼれ出る度に、カズラの全身が総毛立った。
「いちいちパンツに『お』を付けるな。気色悪い」
「は? おパンツはおパンツでしょうが。大事なものを包んでいるんですよ? あぁ、カズラさんのは大したことがない物なんですね。それはそれは、失礼いたしました」
カズラの歯ぎしりの音が、静かな店内に盛大に響き渡る。カーネルシアは歯ブラシ数本と、アマハの木で作られた櫛を手早く購入すると、今にも切れそうなカズラを引っ張り雑貨屋を出た。
「昨日あなたと立ち寄った衣料品屋に行きましょう」
通路に出たルク・ミィアが、数軒先に見える看板を指さした。カズラが不愉快そうにそれを見る。
サヘー島に住んでいるカズラより、ルク・ミィアの方がゴンゾー街に詳しいときた。金さえあれば、カーネルシアに歯ブラシを用意してやるのも、下着を揃えてやるのも、カズラの役割になっていたはずだ。
しかし詰まるところ、ルク・ミィアはグレィマで、アーオだかアーモだかが名についた会社に帰る宿命なのだ。カーネルシアとどれだけ親しくしたところで、グレィマに着けば直ぐに別れが待っている。
その事実が、カズラに平常心をかろうじて残してくれていた。
衣料品屋の中は割と広く、使い古された木製のハンガーに様々な衣服がかけられていた。壁には染色のサンプルと思われる布切れが幾つもかけられており、ご丁寧に染料の原材料と説明も展示されている。
棚に置かれた品から、ルク・ミィアが子供用の下着のセットを見つけ出した。店員がすかさず近寄り、にこやかに商品をアピールし始める。
「この布地は一般的なキミワタ糸ではなく、特別な長毛種のロクアシから作られた糸で織られているんですよ。ですから、非常に肌触りが良いんです」
ロクアシの毛と聞き、カズラの耳が店員に速攻で向けられる。
「確かにやわらかいですねぇ。これを2セットお願いします」
ルク・ミィアが、店員に負けないほどの爽やかな笑顔を返した。
カズラはロクアシの毛の下着が展示してある棚を念入りに見て、ついに成人男性用の下着を発見した。しかし、値段はキミワタ糸の物の倍以上。完全に予算オーバーだ。
途端にカズラの耳としっぽが、気力をなくしたようにしな垂れた。
結局、カズラは安売り籠の中にあったパンツを買い、カーネルシア達と共にとぼとぼと店を後にした。
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休憩所の丸太椅子に腰かけながら、冊子にメモを書き込んでいたラグが、何かに気付いたように手を止めた。薄い黄土色の瞳が、記憶を思い起こすように紙の上を動き回る。
「まさか……」
「あれ、ラグじゃない。まだ帰ってなかったんだ?」
突然の声に驚いたラグは、思わず冊子を放り出しそうになった。黒いゴーグルの向こうには、ラグと同じ植物学者であり、サヘー植物研究所の同僚でもある、ウタゲ・ミズヤの姿があった。
額を出し、茶色の長い髪を後ろで3つ編みにしているその姿は、非常に活発な印象を与える。生成りの大雑把なシャツに、草色の大きめのズボンを飾り気もなしに着ている。
ウタゲも昨日、正体不明の繭のために、庁舎に呼ばれた人間の1人だった。
「ウタゲか……誰かと思った。ちょっと用事が出来て、今日の船でグレィマに行くつもりなんだ。所長には手紙を出した」
ラグは冊子を鞄にしまい込み、口紐を引き絞ると、立ち上がってカズラ達を探した。
「グレィマに? それより、チァーラの大量窃盗事件があったの知ってた? 古本屋の人から聞いたんだけど。ラジオでも流れてたんだって?」
ラグより10センチ以上背の高いウタゲが、ラグの視界をさえぎるように体を動かす。
「ラグ、何か探してる?」
「あ、いや……。連れを待ってるだけだ。窃盗事件のことは知ってる」
噂好きのウタゲに、自身が治安維持部隊の取り調べを受けたことなど、とても話せはしない。
「連れって? グレィマ行きなら、船が出るのは16時だよね。ちょっとお茶しない? おごるからさ」
ウタゲの普段通りの強引さに閉口しながら、ラグは街の中心へ向かっている街路に目を走らせた。そこへ丁度、衣料品屋から帰ってきたカーネルシアが現れた。
「カーネルシア!」
ラグは助けを求めるように大きく手をあげ、伸びあがってカーネルシアを呼んだ。




