第6章・48節『キーイーギナ』
「カーネルシア、口を開けて歯を見せろ」
カズラは自身に湧いた考えを確かめるため、カーネルシアを立ち止まらせ、そのあごの下に手を当てた。
「?」
カーネルシアが笑い顔を作り、健康そうな前歯を歯茎とともに見せる。
「そうじゃない。奥歯だ」
カズラの思惑が読めたのか、ルク・ミィアとラグが眉を寄せて、カーネルシアの口を横からのぞき込んだ。
「まさか、カーネルシアの奥歯」
3人の顔を見ながら、カーネルシアが素直にぱかりと大口を開く。そこには、硬質化したチァーラの根によってすり減り、もう役に立ちそうもない物が並んでいた。
「これは……」
かつては奥歯だった物を見た途端、カズラは膝が震えそうなほど動揺した。
「僕の歯がどうかしたのか?」
カーネルシアは何故カズラ達が愕然と自分の奥歯を見ているのか、分かっていない様子だった。
「間違いなく根かじりだ」
カーネルシアが今まで食事を丸呑みしていた理由を前に、ラグが悲痛な顔をしてつぶやいた。
秘書の情報が間違っていたのか、それとも、別の要因があったのか。カーネルシアは黒に近い紫色の髪と瞳ではなかったが、チァーラの根をかじっていた孤児に間違いはなさそうだった。
当のカーネルシアは、何ひとつ問題を感じていないように前歯をかちかちと鳴らした。カズラ達に心配をかけまいとしているのかもしれない。
消し炭色の指の背が、カーネルシアを労わる様に頬をそっとなでた。この時ばかりは、ルク・ミィアも嫌な顔をしなかった。
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キーイーギナ。
【全ての記憶を求める】という意味の、サヘロディの言葉だ。
古き時代の人々は、アーサニカーに降り立った後、技術と知識を可能な限り文献として残した。しかし、キーイーらィの呪いの混乱、そしてランデル戦争の戦火で、その大半が失われるか、行方不明となった。
それらを探し出すことを目的として、今から30年前にヨシタカ・タカイドによって作られた結社。それがキーイーギナだった。表向きはサヘー島の発展を目的とする財団であり、公的に地中探査も行っていた。
セイキョウ、そしてその西に位置するアメホシ島は、すでに調査済みだった。現在はサニム街と呼ばれる場所を調査しているものの、使えるような技術はまだ見つけられずにいた。
各地に散らばったサヘロディに関する書物。彼の技術を使用できた、キーイーらィという集団。それが残した文献も捜索対象に含まれていた。
メロウティアは父ヨシタカを敬愛していたが、何も考えずに駒となって動いている訳ではなかった。ヨシタカ自身、先祖であるゴンゾー・タカイドの願いを尊重し、同じ信念を持って行動していた。
自然淘汰の勝者だけが、次の時代に命をつなげる。その単純な構造で、この世界は結果的に存続している。
同じ人類による篩に耐えることが出来なかったがために、古き時代の人々は国どころか、ベュー・ルガテカーからも追い出されるはめになった。サヘロディの助力なしでは、彼らが生き延びられる可能性はなかったかもしれない。
今でもサヘロディが存在しているのか、メロウティアには断言できなかった。
では、弱き者が生き残るために必要な力は、誰から与えられるべきものなのか。嘆くばかりで、神から偶然与えられることを待つ者は、ただの愚者だ。
キーイーらィが作り出したキメラ種と人間との間で、今後戦争が起きないとは言い切れない。事実、ランデル戦争もすでに起きている。
最終的にそれは、キメラ種と人間との戦争ではなく、フョーカーサヘーとグレィマ、セルデンサローの戦争となった。
同じ人間でさえ、そして血のつながった家族でさえ、己の利益のために醜く争う。それは人の持つ宿命に近い。この時代まで生き延びた勝者に、未だ闘争心が残っていると言うことは、生存競争で必要だったとも言い換えられる。
排除できない争いの火種と共に生きていくのならば、自らが力を持つしかない。
サヘロディは神の力があるにも関わらず、追放され姿を消した。
しかし、こうも考えられる。力があるが故に、ここから逃げることが出来たのだと。
力は何も、抑圧や暴力のためだけに使われる物ではない。幾つもの選択肢を持てると言うことが大切なのだ。
サヘロディの姿なき今、この星から逃げ出す技術は人類にはない。キーイーらィの呪いの様な災厄は、いつ起きるのか予測する事は不可能だ。
力を欲しているのは、グレィマやセルデンサローとて同じ。星から逃げ出す必要はなくとも、いつまた死が島を覆うか分からない。
グレィマ島、セルデン島、そしてサヘー島の外には、未知の世界が広がっている。数少ない目撃情報によれば、大型で獰猛な生命体が多く生息しているらしい。今の人類では、島の外で安定した文明を築くこともままならないだろう。
ならば探すしかない。淘汰される前に、サヘロディと、古き時代の人々が持っていた技術という名の力を。




