第1章・5節『コワト村』
サヘー島の東に位置するコワト村では、カズラも含め、約150人のクースフローが生活を営んでいた。
今から331年前に、古き時代の人々の手によって生み出された、猫と人間のキメラ種の呼び名。それがクースフローである。
神に導かれサヘー島にたどりついた古き時代の人々が、神の装置を借りて、クースフローを作ったと言われていた。
村に着く前に、カズラの閃光草に気づいた警備班とすれ違った。カズラは放火を企てている可能性のあるドゥルフの事を、彼らに手短に説明した。まだ勤務中ではあったが、カーネルシアという荷物を連れていたカズラは、彼らを見送り村へ急いだ。
村の外の厩舎にロクアシを入れると、カズラはまだぐったりしているカーネルシアを担いだ。東門をくぐりながら、村に異常がないか目を走らせる。
街灯の補助として植えられている3メートルほどに伸びたフウセン草が、釣り鐘状の花を暖かな色で発光させ、村のあちらこちらを淡く照らし出している。その光も風に揺れており、まるで踊っている様に見えた。
深夜の3時を回り、村は風の音以外静まり返っている。広場では、週に一度の出荷日の準備で、2人が徹夜で出荷箱の見張りをしていた。
1立方メートルの木の出荷箱には、チァーラの実がぎっしりと詰められていた。ひと箱だけで、村の収入となる出荷価格が50万エンになった。それが1週間分のチァーラの実27箱分ともなると、優に1,300万エンを超える計算になった。
広場にひとつだけある貴重な電灯が、煌々と彼らの姿を照らし続けている。カズラがその光の輪の中に入った途端、村人のひとりが声をかけてきた。
「警備もしないで、粗大ごみでも拾って来やがったのか?」
相手はつい先日誕生日を迎えたばかりである、カズラのすぐ上の兄・クルーセだった。カズラはクルーセの挑発を無視し、出荷箱の横を足早に通り過ぎた。目指すは広場の北西に位置する、治安維持部隊の駐在所だ。クルーセの舌打ちが、カズラの背中を追ってきた。
肌の色が異なるカズラの存在が原因で、父は母の浮気を疑い、母はそんな父を罵倒した。長く続いた喧嘩の末、ついにはどちらも家を出て、どこかに雲隠れしてしまったのだ。
兄は4人いたが、クルーセを含めろくな性格の者がいなかった。昔から家に何人も女を連れ込んでは遊びほうけ、カズラをおもちゃのように扱ってきた。特にクルーセは女癖が悪く、何か問題が起きれば、必ずカズラに尻拭いを押し付けてきたのだ。
人に関わると碌なことがない。そう考えながら、担いでいるカーネルシアに一瞥をくれ、駐在所の中に入った。
机の上に広げた地図を見て、立ちながら何か話していた2人のドゥルフの隊員が、同時にカズラを見た。
「今は忙しいんだ。厄介ごとを持ち込むな」
隊員は同じ紺色に染められた制服を着ていたが、どちらの服もくたびれて見えた。
駐在所の中には、隊員の髪になでつけられた整髪料の匂いが充満していた。髭をたくわえた年配の隊員のものらしい。元は爽やかな香りだったのだろうが、今では枯れ草のような本人の匂いを隠し切れなくなっている。
「チァーラの実を丸呑みにして盗んでいた。使った麻酔弾を2発補充したい」
そう言うと、カズラは何気なく机の上の地図へと目をやった。
それはサヘー島の全域地図だった。チァーラの特別保護区が濃い緑で色分けされており、各村を示す赤い点があちこちに点在している。
「丸呑み? 吐いた実は、ちゃんと持ってきたのか」
眼鏡をかけた隊員が、カズラに担がれたままのカーネルシアの顔を、面倒そうに下からのぞき込んだ。黒く大きい耳が、隊員のぼんやりした顔に不釣り合いに生えている。
地図上には数か所、何かを示している駒が置かれていた。よく見ると、どうもチァーラの森の端に置かれているようだ。他の警備が目撃した、不審者の情報を示しているのかもしれない。
「まだ吐かせていない。急に気を失った。身元も不明だ」
カズラの目が伏せ気味になり、次にかけられるだろう言葉を考え、気が重くなった。
「チァーラが不味過ぎてか? そんな訳があるか。においからして浮浪者を連れてきただけだろうが」
年配の隊員が、臭い唾を飛ばしながら想像通りの言葉を口にした。カズラはカーネルシアを担いだまま、手渡された麻酔弾の使用記録に手早く理由と名を書き込んだ。隊員は鍵のついた引き出しから弾を取り、カズラにため息をついて手渡した。
眼鏡の隊員が、大雑把にカーネルシアを調べ始める。
「変な袋がカバンに入っているだけか」
そう言いながら、人型の袋をカーネルシアのカバンの中からつまみ出すと、地図の隣へと放り投げた。
「明日、出荷警備のついでに街へ連れていく。離れの小屋に入れて、柱にでも縛っておけ。共有地区の留置場は修繕中で使えないからな」
厄介払いでもするように、眼鏡の隊員がカズラに向かって指示した。カズラの耳が、その声を拭うようにぱたぱたと動く。
森で不審者を見つけ、村の駐在所まで連行し、隊員に不審者を渡すまでが森の警備班の仕事だ。普段なら知る事かと言って放棄するところだが、カズラの心に残るわずかな良心が、それを思いとどまらせた。
カーネルシアをここに置いて行けば、カズラの態度を見たドゥルフ達の八つ当たりを受けるのは目に見えている。カズラは2人の顔を見返すと、苛立たしくため息をつき、カーネルシアと共に駐在所から出て行った。




