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木漏れ日と君のカーネル  作者: 墨鎧可倉
第1章

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第1章・4節『倒れる人』

 カズラは近くに生えていたジュクバナの木を見つけ、古いエンジニアブーツを脱いで靴下を脱ぎ、木の上によじ登り始めた。チァーラの森の中では、一番高木になる樹木だ。風にざわめく細長い葉の中に、まだ成長途中の実がぶらさがっている。


 ガラス質になったチァーラの表皮とは違い、足を滑らせる心配がない。ひとつ枝を登るたびに地面が離れていき、西にあるコイガネ山脈のシルエットと、重い雲に飲まれている南の空が見えてきた。


 ほかの木々の上に出た頃合いで、カズラは再びスリングショットを持った。袋の中から閃光草せんこうそうの実を取り出し、弾受けにはさむ。

 あみ目がいくつも開いた3センチほどの大きさのからの中に、くすんだ灰色の種がある。頭上の枝葉の隙間すきまを狙い、思い切り両腕を開いて距離をかせいだ。


[バシュンッ]


 上空に勢いよく放たれた閃光草の実は、網目の中に風が流れ込んできたのと同時に、その名の通り激しく光をまき散らした。続いて2発の閃光草を夜空に放つ。

 上空で光の帯が風に流れ、実の中の種が弾けて発光しながら、周囲へと降り注いだ。


 その光が途切れる前に、ジュクバナの木から降りたカズラは、靴下とブーツをいてカーネルシアとロクアシのもとに戻った。

「木登りが上手だな」

 カーネルシアがカズラを見ながら、抑揚よくようのない声で、たどたどしくつぶやく。


 これで褒めているつもりなのだろうか。

 カーネルシアの足元の地面を確認するが、まだ実は吐き出されていなかった。懸念けねんするカズラをよそに、カーネルシアはカズラの尻のうしろで左右に揺れている紫色のしっぽを、興味深そうにしげしげと見ている。


 カズラはカーネルシアのそばへ寄ると、実を吐き出しやすいようにカーネルシアの体の縄を解いた。

「あのわんわん達は、森に火をつけようとしている」

 カズラの顔をカーネルシアが間近で見上げた。その幼稚な言葉に、カズラは一瞬動作を止め、カーネルシアが意図しているものを探ろうとした。


 体は小柄だが、子供と言うには雰囲気に違和感があった。幼児言葉を使って子供の振りをしていると言うのなら話は別だが、明らかに子供特有の活力を感じない。


 硬質化しているチァーラの木を燃やすことはおろか、嵐の前の湿度が高い森に火をつける事も困難に思われた。高価なチァーラの実を盗むのなら分かるが、そもそも森を燃やして誰に何の得があると言うのか。


 カーネルシアが逃げようと画策かくさくしているのか疑いながらも、ドゥルフを見つける前にいだ気がした、刺激臭のことを思い出す。

 ドゥルフは、単にランプか何かに火をつけようとしていたのだろうと思った。だが、警備の目があるチァーラの夜の森で、わざわざ目立つ明かりをつける者がいるだろうか。


「わんわんを止めた方がいい。僕は無害だぞ?」

 カーネルシアのさらなる言い分に、カズラは眉をりあげて反応した。

「どこが無害だ。現にチァーラの実を飲み込んで盗んでいるだろ」


 木に手綱を結ばれたままのロクアシが、イライラしている様子で口吻こうふんを上げ下げしている。


「空に閃光草をあげた。じきに応援が来る。ドゥルフはそいつらに任せる」

 後ろ手の縄を強くにぎりながらカーネルシアを座らせると、実を吐き戻させるために指を口へと近づけた。


「僕はただ……お腹が空いているだけなんだ」

 小さい声でうつむいたカーネルシアの顔が、前髪の影に隠れた。言い訳にもほどがある。カズラはそう言いかけて、口をつぐんだ。


 チァーラの実を数粒売れば、それなりに腹のふくれる食事代になる。ひと粒が0.5グラムしかない物を食べて、果たして腹は膨れるだろうか。しかも、丸呑みした後に待っているのは嘔吐なのだ。

「全部吐け。腹が減っているなら、あとで食い物をやる」


 その言葉に反抗しているのか、カーネルシアの真一文字に結ばれた口を見て、カズラがカーネルシアの鼻をつまんだ。次第にカーネルシアのまぶたが閉じていき、脱力したようにカーネルシアの体が地面に倒れこんだ。


 カズラは目を丸くすると、カーネルシアの体を支えて起き上がらせた。重々しく頭をもたげ、カズラの腕に体重を預けてぐったりしている。その手に乗るかと、カーネルシアの縄を持ち直し、あごを上げさせ口の中に指を突っ込んだ。


 しかし、力なく横たわっている舌を越え、のどの奥に指が達しても何の反応も起こさない。まさか、この時間差で麻酔薬が効いたとでも言うのだろうか。カーネルシアの首筋に手を当てるが、深い眠りに入ったように、ゆるい脈動があるばかりだ。


「腹が減りすぎて気絶したのか?」

 つぶやいたカズラの声に、答える者は誰もいなかった。カズラの村へは、ロクアシの脚でまだ30分はかかるだろう。カズラは困惑しつつもカーネルシアの体を抱き上げ、ロクアシの胴に乗った。


「本当に……何なんだ、こいつは」

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