第6章・46節『足りない感情』
ケラ茸の副作用は、良い気分で笑い転げて腹が筋肉痛になる事くらいだった。だが、普通の料理に表示なく混ぜて許されるような代物ではない。何しろ、小1時間は意味もなく笑い続けるのだ。
カズラは店員を呼ぶと、盛り合わせにケラ茸が入っていると手短に伝えた。
「ええっ!?」
店員は悲鳴に近い声を上げると、確認するためか店の厨房にすっ飛んでいった。
今や、ルク・ミィアとラグは目から涙を流し、椅子から落ちそうな勢いで笑い転げている。キノコを食べなくなった2人を見ていたカーネルシアが、不思議そうな顔をして大皿を持った。
「おい、お前まで食べるな!」
カズラが慌ててそれを取り上げようとするも、時すでに遅く、カーネルシアは大口を開けて大皿を傾け、全てのキノコを器用に口の中へと落として飲み込んだ。
空になった大皿がテーブルに戻され、カーネルシアが歯をかちかちとならす。
「もう飲み込んだだろ。何を噛んでいる……」
脱力したカズラが、カーネルシアにゆるく突っ込む。
「カーネルシア、キノコを全部飲んだのか? はははは! あんなにあったのに! カーネルシアの学名はきっとキノコ・マルノミノミ・ノムノムだな!! はははは、ノばっかりだ! ノってなんでノって言うんだ? ははははは!!」
何が可笑しいのか、ラグは机の隅を叩き、ひとりで酷く受けている。
「変な方ですねぇ。カーネルシアの学名は、かあねるし・あぁ~んですよ! ふふふ! ふふふはははは!! ふはっ! ぶふっ!」
それで上品なつもりなのか、ルク・ミィアが奇妙な笑い方を連発する。
「すみません、お客さん。買い付けたネバテに、ケラ茸も入っていたみたいで……。普通の物より色が薄くて、行商人が見間違えたんだと思います。お代は結構ですので」
笑い転げている2人を見ながら、店員が申し訳なさげに謝罪した。
人生に疲れたような顔つきの店員に、カズラはそれ以上、文句を言う気にはなれなかった。何よりも、笑い転げて苦しむのはルク・ミィアとラグであり、カズラではないのだ。
テーブルから大皿が下げられ、カーネルシアは湯呑みの茶を、ラグがしていた様に口元に運んだ。唇をつけ、湯呑みを少し傾けてズゾっと派手な音を鳴らし、強引に茶を飲む。
カーネルシアが涙を流して笑い転げる姿を見るのも、悪くないかもしれないとカズラは思った。今まで、作り笑い以外の感情らしいものを見せていないのだ。腹と顔の筋肉が疲れるほど笑ったなら、キノコに手を出していないカズラだけが、カーネルシアを介抱することもできる。
カーネルシアは湯呑みから手を離すと、呼吸困難でひーひー言いはじめたルク・ミィアとラグをのんびり眺めた。ゲスな考えに気をよくしていたカズラだったが、隣の空になった湯呑みが自然と視界に入った。
「!? どうやって」
カズラはぎょっとした目で、カーネルシアの湯呑みをもう一度見下ろした。ほとんど傾けていなかったにも関わらず、恐ろしいまでの吸引力だ。果たして、肺活量でどうにかなるものなのだろうか。
ルク・ミィアがついに椅子から転げ落ち、横に立てかけておいた黒い長鞄を叩きながら笑い出した。それを見たラグも、苦しそうに息をしながら笑い続けている。
2人から逃げるには絶好のチャンスだ。しかし、毎日1回だけ運航するグレィマ行きの定期輸送船が定時に出港する限り、何の意味もない行為に思えた。
それに何しろ、クルーセが外でカズラを探し回っているのだ。気に入らない相手であっても、隠れる人影として利用はできる。
そろそろカーネルシアも笑い始めるはずだが、表情は変化することなく、ただ2人の様子を興味深そうに観察しているだけだ。
「どうしてお前は平気なんだ」
カズラの声が少し怯えていたためか、カーネルシアはカズラに向けた顔を、いつも通りの作り笑いに変えた。
「かーねるしあ、かーねるしあは、どうして、ふふふっふーっ」
「ひーひーっひーっ、食べたのに、ひぃーっ平気ひぃーっひぃーっ」
ルク・ミィアとラグも、涙を流しながらカーネルシアに困惑している。
「……ふふふ、ひー……ひーひー」
カーネルシアが少しも笑いを含まない声で、ルク・ミィアとラグの真似をした。そして、これでどうだと言わんばかりの顔でカズラをちらりと見た。
「笑っていないだろ……」
カズラの指摘に、カーネルシアは口をむにむに上下させると、無表情に戻った。
「僕には感情が足りないんだ」
カーネルシアのつぶやきに、ルク・ミィアとラグの笑い声が一瞬止まった。
「感情が足りないって、ふふふ……何ですか、また不思議ちゃんごっこをされているんですか? ふふふ……。ふーっ」
ルク・ミィアはそう言うと、精神統一でもしているように、大きく深呼吸をし始めた。
カズラが、カーネルシアを注意深く見つめる。普段通りの様子で、笑うことを我慢している訳ではなさそうだ。
「何も感じないのか?」
「ん゛ん゛……感じはする。ただ、表現するところまで大きくならないんだ」
空の湯呑みを見下ろしているカーネルシアの瞳が、心なしか陰りを見せた。
カーネルシアの代わりに胸がすり潰されたように感じたカズラは、思わずカーネルシアの頭に手を乗せてなでた。
かける言葉が思いつかなかったが、カズラの心情が伝わったのだろうか。カーネルシアはカズラの手を自分の頭から離すと、逆にカズラの手の甲をさわさわと触った。
「君はとてもやさしいにゃんにゃんだな」
「私も、私もやさしいにゃんにゃんですよ!? かーねるしあ! ふふふ!!! いやだ、カズラさんがやさしいにゃんにゃんみたいに聞こえるじゃないですか! いきなり人の頭をなでる猫なんて気色悪い!! 私だけがやさしいにゃんにゃんなんです!! そうですよね!? かーねるしあ! ふふふ!!」
ケラ茸への抵抗もむなしく、ルク・ミィアが再び吹き出し笑い始める。
「俺はにゃんにゃんじゃない……。ははっ……誰だよ、ミチアキって! はははっ! 何がミチアキモラだよ!! 俺もクースフローがよかった!! はははは!! ミーチモラとか、アーキモラとか、もう少し名付けようがあったよな!? はははははっうううっ!!」
ラグが急に笑い泣きを始めた。
カズラは雰囲気を台無しにしている2人に、心底さげすんだ目を向けた。




