第6章・45節『おぞましい兄』
一方のカズラとラグも、カーネルシアが茶を飲むさまを見て目が点になっていた。ルク・ミィア同様、カーネルシアの育った環境に思いを馳せる。
「カーネルシア、お茶はこうしてゆっくり飲むんだ」
ラグがカーネルシアに見せるため、遅い動作で湯呑からもう一度茶を口に含んだ。
無表情でそれを見ていたカーネルシアは、空になった自分の湯呑みを見下ろし、ラグのように湯呑みを唇で挟んだ。カズラが赤子でも見守るように目を細める。
「もう茶は入っていないだろ」
まるで縁側で老人達が猫を相手に話しかけているかのような、奇妙な雰囲気が漂っていた。
ルク・ミィアは楽しそうにそれを眺めた後、壁に貼られている品書きを見上げた。古びて変色した紙に、達筆な品名が並んでいる。
「キノコ料理が中心みたいですね。お昼には少し早いですが、席代に軽いものでも頼みましょうか」
そう言うと、手ごろな値段のキノコの盛り合わせを、ひとつ店員に注文した。品書きの隣に掛けられているこげ茶色の時計が、11時過ぎを指していた。
「あ、俺、もうひと皿頼む。腹が減ってきた。それと、スズモロの葉茶も」
ラグは黒いゴーグルを頭の上にかけ直すと、心地よい暗さの店内を見回した。調度品や雑貨は、どれもがここしばらく動かされていないように、薄く埃をかぶっている。
その雰囲気が、しばらく帰っていないラグの実家を彷彿とさせた。
「カズラには、兄弟が何人いるんだ?」
席の後ろにある、汚れて曇った小さなガラス窓の外を気にしているカズラに、ラグが声をかけた。
「聞いてどうする」
カズラは通りを鋭くにらみながら、不愛想に短く返した。
「カズラ、怖がらなくても大丈夫だ。ラグもルク・ミィアも、とても優しいだろう?」
カーネルシアが湯呑みを両手で持ったまま、カズラを諭すように言う。
「人を簡単に信じると痛い目にあうぞ。聞こえのいい言葉ばかり並べたところで、裏では何を考えているか分からない」
ラグはカズラの言葉に込められた敵意を真正面で感じ、意気消沈したように肩を落とした。
「あなたの肌と性格を見れば、どんな過去を経てきたのかは想像がつきますけど、カーネルシアに悪影響があると困ります。少しはカーネルシアに社交的なお手本を見せようとは思わないんですか」
ルク・ミィアの正論に、カズラのしっぽの先が隠れた場所でひくひくと動いた。
昔を振り返るまでもなく、カズラの心が途端にささくれ立つ。
「……兄は4人いる。全員顔も見たくない」
カズラは口にするのもおぞましそうに、渋い声でこぼした。
カズラの両親がいなくなった後、1番上の双子の兄達は天下と言わんばかりに家で好き放題を始めた。飲んでは騒ぎ、連れ込んだ女達の目の前で、嫌がるカズラの身ぐるみを遊びで剥がすなどは日常茶飯事だった。
時には柱に縛り付けられ、複数人との乱交を見せつけられたり、不愉快な悪戯をされたり、後始末を強制させられたりもした。
カズラのお陰で母親がいなくなったのだからと言われ、家事をすべて押し付けられもした。さすがに一線を超えるほどの過激なものはなかったものの、子供時代は兄達の下僕という名の玩具にされていたのだ。
お陰で男女を問わない、人に対する極度の嫌悪や拒絶感、そして不信感を根深く植え付けられていた。そのカズラが、ルク・ミィアとラグの同行を結果的に許しているだけ、十分社交的だと言えるのではないか。
次第に険しい顔つきになっていくカズラのしっぽの根本を、カーネルシアが隣から無言でつかんだ。
「!?」
カズラがぎょっとして意識を現実に戻す。しかしカーネルシアは何食わぬ顔で、自分の空になった湯呑みを見下ろしながら、カズラのしっぽを柔らかく左右に振っている。
内心のムカつきがしっぽに表れていたのだろうか。しっぽをムチ打った記憶はなかったが、カズラは数秒目を泳がせて自分の動作を思い返した。
「お待たせしました、朝仕入れたばかりのキノコの盛り合わせですよ。これがヒエキノコ、これがメンツブ茸、それからこれがネバテね」
店員がそう言いながら、大皿の料理をテーブルの真ん中に、取り皿を4人の前に置いた。ラグの分と合わせてあるとは言え、値段的にてっきり少量の盛り合わせだと思ったルク・ミィアが、表情を固めて目を見開く。
反してラグは待っていましたとばかりに、テーブルの上にあった箸立てから箸を取った。もう1人の店員が、4人分のスズモロ葉茶を持って来る。
「どうぞ。サービスです」
見る間に、小さなテーブルが皿と湯呑みで埋め尽くされた。
キノコはそれぞれが異なる味付けで、ルク・ミィアは初めて見るメンツブ茸を珍しそうに取り箸で持ち上げた。黒っぽく非常に細長いキノコで、長さが30センチメートルはありそうだ。傘の部分が少し硬く、不思議な歯ごたえがあり、上品な酸味のある軽い味付けになっていた。
ヒエキノコは小さめに切られており、シンプルに塩で炒めてあった。ネバテは、カポイ液とアマハの葉で甘じょっぱく煮付けてある。わずかに舌に来る辛さは、ヒバナ草の種を入れているのだろう。
「結構美味いな」
ラグが小皿に盛ったそれぞれのキノコを食べ比べながら、嬉しそうに笑った。
「私、メンツブ茸を初めて食べました。面白い食感ですね」
垂れてくる髪を耳にかけ、ルク・ミィアがメンツブ茸を麺のように品よく口へと運ぶ。
カズラはキノコに箸をつけず、スズモロ葉茶を眉間にしわを寄せて飲んでいる。
カーネルシアは店員に換えられた湯呑みを両手で挟み込み、茶をじっと見下ろしている。
「かーねるしあ、ふふふ、美味しいですよ? 召し上がりませんか?」
ルク・ミィアが楽しそうに笑いながら、カーネルシアにキノコを勧めた。
カズラが不気味な物を見るように、ルク・ミィアを一瞥する。
「腹が減っているなら勝手に食べるだろ」
それを聞いてか、カーネルシアが湯呑みから大皿へと目線を移す。そして数秒キノコを見た後、ルク・ミィアとラグの顔をまじまじと眺め始めた。
「どうされたんですか? 穴のようなまん丸おめめで、何を見ているんです? あなたのるく・みぃあはここですよ、かーねるしあ」
アマハの葉に劣らず甘くねちっこい声で、ルク・ミィアがカーネルシアの名を呼んだ。
「美味いなぁ、これ。バケツで食べたい。その中で泳いでもいい! あ、いくらミチアキモラの俺でもバケツには入れないよな! な!?」
ラグが小皿のキノコを、次々口の中へ流し込む。
2人から何か異様なものを感じ、カズラもキノコの山と2人を注意深く見た。
ネバテの煮物に、少し形状が異なるキノコが入っている気がする。カズラはそれを箸でつまむと、鼻を寄せて匂いを嗅いだ。
しかし、カポイ液とアマハのせいか、匂いは取り留めもない物になっていて分からない。
「キノコは鼻より口から食べたほうがいいですよ。ふふふ」
「ははははっ! 鼻から食べても美味しいかもな?」
ルク・ミィアとラグが、何を面白がっているのか、浮ついた笑い声を上げる。そこまではしゃぐほどの味なのだろうか。
「まさか」
カズラは大皿にあるキノコを、ドン引いた目で見つめた。
「ケラ茸か」
それは、ピンク髪の男がトスポバーで笑い転げていた時に食べていたキノコだった。




