第6章・44節『にょん』
「もしかして、村で隊員に取られたやつのことか」
カズラが記憶を思い起こし、合点したようにひとり頷く。コワト村で駐在員がカーネルシアのカバンから取り上げた、奇妙な人型の袋のことだ。
カーネルシアはカズラの声が届いていないように、歩く速度を上げた。
「何を取られたんです?」
ルク・ミィアが足幅を広げて歩きながら、前方を行くカズラに声をかけた。4人の中で1番背が高く、足の長いルク・ミィアでさえ速足だ。ラグが石畳につま先を引っかけ、店の壁面に思わず手をつく。
「ずけずけ聞くのは、モテないんじゃなかったのか」
カズラが大股で歩きながら、ルク・ミィアにやり返した。まるで競歩のように、4人が狭い通りをずかずかと進んで行く。
「カーネルシア、少し早くないですか?」
少しずつ息が上がり始めたルク・ミィアが、先頭を進むカーネルシアを追いながら、ずり下がる重い長鞄を担ぎ直した。カーネルシアの背丈から考えても、小走り以上の速度になっている。
しかし、その後ろ姿は、ひょこひょこと頭を左右に揺らして歩いているようにしか見えない。
「どこに向かっている」
カズラが更に足を速め、カーネルシアに並ぶように一気に前へと走り出た。突然カーネルシアが足を止め、後ろを振り返った。そして、ルク・ミィアとラグが追いつき、一息つくのをじっと見守った。
「少し休もう」
肩で息をしているラグを見て、カーネルシアが淡々と言った。深呼吸をして息を整えているルク・ミィアとラグに、カズラが胸をそらし鼻をならす。
「日頃の運動が足りていないようだな」
2人をあざ笑うカズラをよそに、カーネルシアは壁に寄るとカバンの中の紙袋をまさぐった。中から白い布切れと、キミワタの茎をむしった、もこもこの繊維を取り出す。
ルク・ミィアはカズラの嫌味を無視して、カーネルシアの手元を真剣なまなざしで見つめた。カバンの中からカーネルシアが新品の針と糸を取り出し、落としそうになりながらキミワタを布で挟み込む。
「ここで作るのか? キミワタは最後に入れた方がいいんじゃないのか」
カズラが心配そうに隣から忠告する。
「そうなのか?」
カーネルシアはカズラに言われた通り、キミワタを一旦カバンの中に突っ込んで戻した。そして心もとない手つきで、重ねた布に糸を通した針を刺していった。
あまり裁縫をやらないカズラ達でさえ、糸の軌道が酷くのたうち回っているように見えた。
「何を作るつもりだ」
あまりの出来の悪さを見て、更にカズラが不安げな顔をする。
「にょんだと言っただろう? よし、これでいいな」
カーネルシアの手元には、3辺をひどく大雑把に縫われた、不格好な謎の物体が出来上がっていた。
糸は縁から数センチも離れており、直線と呼べる箇所がひとつも見当たらない。結び目が作られていない糸は、端からだらりとぶら下がっている。
何がどういいのかカズラ達には分からなかったが、黙ったままカーネルシアの次の動作を待った。
カーネルシアはカバンの中からキミワタをつかんで取り出すと、布切れの糸の隙間から、無理やりワタを詰めだした。
「カーネルシア、最後まで縫ってからだと、ワタを詰めるのは流石に無理じゃないですか?」
しかし、糸の隙間から吸い込まれていくかのように、キミワタがどんどん無くなっていく。
「?」
ラグは目の前で何が起きているのか把握できず、思わずゴーグルを持ち上げた。
恒星フョーカーの光に目がくらみ、ラグの目がそれこそ糸のように細くなる。再びゴーグルの中からカーネルシアを見た時には、キミワタはすっかり布切れの中に納められていた。
「これは?」
ラグは何度も瞬きを繰り返し、カーネルシアの手元にあるそれに顔を寄せた。
ぬいぐるみ用の枕だと言われれば、そう見えなくもない。子供が初めて裁縫をしても、これよりはマシに出来上がる気もする。
カーネルシアは満面に笑みを浮かべると、キミワタを詰めてぱんぱんになった奇妙なそれを、カバンの奥へと押し込んだ。
「こうやって丁寧に作ることは、大事なことなんだぞ? 知っていたか?」
カズラは、カーネルシアと本当に意思の疎通が取れているのか疑問に思えた。学び舎で教育を受けられなかった分、カズラが時間をかけて教えていかなければならないのかもしれない。
カーネルシアの世話をする責任感が、カズラの胸の中にじわじわと広がり始めた。
「カーネルシアは本当に面白い方ですねぇ」
ルク・ミィアが、感心しているのか冗談なのか分からない口調で、ひとりごちた。未だに理解できない様に、ラグがカーネルシアに質問する。
「それ、一体何に使うんだ?」
カーネルシアがカバンを斜め掛けにしながら、ラグにくるりと顔を向けた。
「トユロディだ。にょんにした方が、いいらしいからな」
またしても良く分からない事を答えた後、カーネルシアは一仕事終えたように小さく鼻息を吹き、再び歩き始めた。
「トユロディ? ……」
ラグは首をかしげながら、冊子にこの言葉と出来事を書き留めるべきかどうか悩んだ。
カズラとルク・ミィアが、互いをけん制しながらカーネルシアを追う。今度は先ほどとは異なり、カーネルシアの歩みはゆっくりしたものだった。
4人は観光客も島民もいない、寂れた食事処を見つけた。端の席につくと、店の70代くらいの店員が、茶を入れた湯呑みを運んできた。
カズラの姿を見た瞬間、店員は体にびくりと緊張を走らせたものの、直ぐに気を取り直し、商売人としての接客を始めた。
湯呑の中は、チァーラの落ち葉を煎じたお茶だと言われた。わずかな苦みがあるだけで、それ以外何の特徴もない味だった。
「今朝ケルキノコから仕入れたばかりでさ。次はあんたに頼むから、また来てよ」
店の奥から、店主と思われる声が不意に届いた。どうやら、裏口でキノコ売りの行商人と話しているらしい。網かごを抱えた行商人が食材などを売り歩く姿は、サヘー島では特に珍しいものではなかった。
カーネルシアは湯呑みを両手で持ったまま、中の茶をじっと見ているだけで飲もうとしない。
「どうかしたんですか? カーネルシア。それほど熱くはありませんよ?」
対面に座ったルク・ミィアが、カーネルシアの目線を追って言った。カーネルシアは更に湯呑みに顔を近づけると、どこに焦点が合っているのか分からない目をしてつぶやいた。
「どうしてこれを飲むんだ?」
大人にならなければ、この苦みの良さも分からないだろう。そう思いながら、カズラがカーネルシアの隣で見本のように茶を飲み干す。
「茶は体にいいんだぞ? ……味はともかく」
茶の鈍い後味に、カズラの語尾が弱くなる。
ルク・ミィアの隣で、ラグも続いて茶を飲むが、とても体に良さそうな味だとは言えない。
「チァーラの葉を煎じた茶は初めて飲むけど、体に良い成分は特になかったと思う」
そこら辺に生えている雑草を煎じても、同じような味がしそうだとラグは思った。
カーネルシアは頭を上に向けて大きく口を開けると、湯呑みの中身を一気に口の中へと流し込んだ。不気味にごぼごぼと音を立てて喉が動き、茶を胃袋に送り込む。それを見て強く吹いたルク・ミィアが、何とも言えない表情でカーネルシアを見た。
幼少の頃に手本となる大人が身近にいなければ、自己流で何でもすませようとするかもしれない。ルク・ミィアはカーネルシアもその類なのだろうと、納得するしか出来なかった。




