第6章・42節『クルーセ』
カズラは今度こそ丸太から立ち上がると、閑散とした広場を見渡した。しかし、先ほどまでジュクバナの葉で遊んでいたカーネルシアが見当たらない。
カズラ達の会話を聞き、姿をくらませてしまったのではないか。動揺する心を必死に落ち着かせながら、カズラの紫色の瞳がカーネルシアを探す。
動きを止めたカズラのしっぽの先が、何かに触って反射的に飛び上がった。
「!?」
振り向いた先に、いつの間にかカーネルシアがしゃがみ込んでいた。
「何をしている!」
カズラの上ずった声を聞き、ラグとルク・ミィアがカズラの後ろを慌ててのぞき込んだ。さすがにこの至近距離では、話をすべて聞かれてしまったかもしれない。
3人の視線に気付き、カーネルシアがようやくカズラを見上げる。
「しっぽを見ていただけだ。僕のことは気にしなくていい」
そう言われて、はい分かりましたと返せるはずもない。普段自分の考えを言葉にする機会が、なかなか無かったカズラだ。カズラもカーネルシアを怪しんでなどいないと、もっとルク・ミィアのように積極的に主張すべきだったのではないか。
カズラはカーネルシアが誤解しないよう願いながら、何かを誤魔化すように耳をぱたぱたと動かした。
「カーネルシア、そんな貧相なしっぽより、私の華やかな長毛しっぽの方が愛で甲斐がありますよ」
ルク・ミィアも立ち上がると、優雅にコートを開き、隠れていたふわふわのしっぽを横から出して揺らした。まるで洗い立てのように、いい香りがふんわりと漂ってくる。
「無駄に長い毛に、どんな埃がついているか分からないぞ」
それを見たカズラが、負け惜しみで鼻をならした。
「セ、セベヒーシャの名前の話をしていたんだ。な? 2人とも」
ラグが、聞かれてもいないことを挙動不審に言う。右に出る者がいないほどの不器用さだ。
「カーネルシア、先ほどはごちそう様でした。またあなたに、借りが出来てしまいましたね」
カズラに聞かせるかのように、ルク・ミィアが微笑みながら強調した。
カーネルシアはゆっくり立ち上がると、口を広げて笑顔らしきものを作った。
「僕は気にしていない」
孤児に成りすましている。
その言葉が、カーネルシアの不自然な表情に不気味な補正をかけた。急に寒気を感じ、ラグが毛布のようにカーキ色の鞄を抱きしめる。
どう見ても怪しいラグの動作に、ルク・ミィアがさり気なくカーネルシアに近寄り、背後にラグの姿を隠した。
「ラグさんは臆病なんですよ。セベヒーシャが、夜に青白く光る手のように見えると言って、怯えているんです。植物学者が植物相手に怖がるだなんて、おかしい話ですよね」
さすが営業職だけあって、取りつくろい方はラグより幾分上のようだ。
カーネルシアは体を横に傾けて、ルク・ミィアの後ろにいるラグを視界に入れた。まばたきもせず、キラキラしている青紫色の瞳にラグが映る。
「セィベヒーしゃは、青白い先っぽの木という意味だ。実がなっている時だけ、夜に葉の裏が青白くなるんだ」
カーネルシアは説明を終えるなり、隅で動いたカズラのしっぽをつかまえた。よほど、カズラのしっぽが気に入っているらしい。
「!?」
ラグが慌てて、冊子と紙巻き鉛筆を鞄から取り出す。セベヒーシャが、チァーラの木の共生植物であるがゆえに、どんな情報でも書き留めておきたいのだろうか。
「僕、カズラの乗船券を買ってくる」
満足いくまで眺められたのか、しっぽから手を離すと、カーネルシアはひょこひょこ歩いて広場から去って行った。
カーネルシアの説を書き記していたラグもつられて歩き出し、丸太につま先をぶつけて転びかけた。ルク・ミィアより自分のしっぽを見ていたことで、カズラはしっぽを高々と上げ、上機嫌でカーネルシアの後を追った。
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庁舎まで戻ってきたカーネルシアは、ルク・ミィアがしていたように、窓口で16時出港予定のグレィマ行き乗船券を購入した。それを持ってカズラ達の所に向かおうとしたカーネルシアを、誰かの手がさえぎった。
「お前、カズラが村に連れてきた奴じゃねーか!」
コワト村の広場で見かけたクースフローが、カーネルシアの匂いを嗅ぎつけて声高に叫んだ。
「クルーセ!? どうしてお前がここにいる!」
続いて庁舎の玄関から入ってきたカズラが、兄であるクルーセを見つけ、急いでカーネルシアのもとに駆け寄った。
「アホか! お前が捕まったっつーから来たに決まってんだろうが! ナローフィスが怒り狂ってたぞ!」
クルーセはカズラの頭を叩こうと手を伸ばしたが、カーネルシアがカズラの前に出てきたため、舌打ちをして踏みとどまった。
近寄ってきたルク・ミィアが、口の悪いクルーセを上から下まで値踏みするように見る。
「コワト村の方ですよね?」
ルク・ミィアが警備用としてハリヌ器を売り込みに行った際、村で見かけていた人物だ。いかにも、脳みそを介さない言動が好きそうな、ふてぶてしい顔つきをしている。カズラの粗野な性格も、この兄の影響なのかもしれない。
「何だ? お前ら」
クルーセがルク・ミィアと後ろのラグを見て、眉間に敵対的な谷間を作った。
「申し遅れました。私、グレィマに本社のある、アーモ・ハリヌ社のルク・ミィアと申します」
余裕のある態度で営業スマイルを見せつけながら、ルク・ミィアが名刺をクルーセに差し出す。
クルーセはそれを品のない目で見下ろし、受け取らずにカズラをにらみつけた。
「お前、マジで実を盗んだんじゃねぇだろうな」




