第6章・41節『カーネルシア以外』
カズラ達が目を見開き、何度もうなずくのを見て、カーネルシアは更に口をぐにゃりと曲げた。
「とくべちゅな実だぞ?」
特にカズラに向けてカーネルシアが含みを持ち、もったりと発音する。
カバンの中に突っ込まれた手が、もぞもぞと何かをまさぐる。口の両端をこれ以上ないほど持ち上げ、カーネルシアは丸めた手をカズラ達の前に差し出した。
時間をかけて広げられた手のひらに、神々しく光ったセベヒーシャの実が3粒鎮座していた。
それを見た3人が、同時に生唾を飲み込む。
「これが……セベヒーシャの実」
ルク・ミィアが1粒をふるえる指でつまんだ。電光石火の速さで、ラグとカズラも1粒ずつ掠め取る。消し炭色のカズラの手の中で、真っ白な実の色が美しく映えた。
ラグはすぐさま冊子を取り出し、実の形状を事細かに書き記し始めた。ルク・ミィアが実の端を、早速小さくかじる。
[カリコリッ]
小気味のいい音が聞こえ、爽やかながらも、一瞬つんとした酸味が鼻に抜けた。舌に広がる控えめな甘さが、その酸味と実によく合っている。
噛めば噛むほど、唾液が口内にあふれ出た。果物より、総菜に近い味だ。カズラもルク・ミィアに引き続き、セベヒーシャの実を恐る恐る口に入れた。強面の顔が驚きの表情に変わり、次第にゆるんでいく。
カズラと同時にセベヒーシャを食べたラグが、目を限界まで広げ、物凄い速さで冊子に追記をし始めた。
3人の様子を、カーネルシアが満足げに眺めている。
「おいしいか?」
カーネルシアの言葉に、3人が無言で力強くうなずいた。
「それはよかった」
穏やかにそう言ったカーネルシアは、離れた場所に植えられているジュクバナの木の方へ、もたもたと歩いて行った。
「これは……スズモロの茶漬けに合いそうですね。果物ではなく浅漬けのような味だとは思いもしませんでした」
ルク・ミィアが、余韻を名残惜しそうに味わう。ラグはようやく手を止めると、目を閉じて息を吸い、鼻に抜ける香りを記憶に刻もうとした。
「先ほど、サヘロディが名付け親だとおっしゃいましたが、セベヒーシャとはどういう意味なんです?」
幾棟も連なっている木造建ての宿舎を背に、ルク・ミィアがラグに声をかけた。色褪せた壁で、そばを歩くカーネルシアの瑠璃色のポンチョコートが目を引く。
「確か……『青白い手』だった気がする。1月に咲く小さな花が、夜に発光するからだと思うが、本当のところは分からない」
ラグの話に興味も持たず、立ち上がったカズラが暇そうに大きく伸び上がった。
「時に、カーネルシアの事でお話があると言うのは?」
カーネルシアのもとに歩いて行こうとしたカズラだったが、聞き捨てならないルク・ミィアの言葉を耳にして振り返った。ラグがカズラの鋭い視線を感じ、言いにくそうに顔をそむける。
「何の話だ」
再びカズラが腰かけに戻り、尻をどかりと下した。
「いや……今は」
ラグがカズラのにらみに、消え入りそうな声で返す。カズラは腕を前で組むと、しっぽを左右に大きく振った。
「俺がいると話せないのか」
ラグはカズラの反応を想像して、気乗りしないながらも話し始めた。
「バラノ村に本当に孤児がいたか、秘書が確かめていただろ? 食堂で委員長に報告していた、確かマエルー・サティって言う名前の秘書だ。俺は君たちクースフローより耳がいいから、話が少し聞こえていたんだ。それが……」
カーネルシアの居場所を確認するために、ラグが一旦話を止めた。カーネルシアは離れた場所で、高い場所のジュクバナの葉をつまむように手を伸ばして遊んでいる。
地面に向けられたラグの表情に、強い迷いの色が再びにじみ出た。カズラの心に、いやが応でもラグの緊張と不安が伝わる。
「カーネルシアに何か問題でもあったんですか?」
ラグのように声をひそめたルク・ミィアだったが、その語尾にはわずかに苛立ちが表れていた。
「孤児の髪と目の色は……黒に近い紫色だったんだ」
ラグの告白に、カズラとルク・ミィアの瞳が素早くカーネルシアを追いかけた。赤味が少なく青味が強い、鮮やかな青紫色の髪。あれを黒に近い紫に見間違える事など、あるのだろうか。
「まさか、カーネルシアはその孤児に成りすましているとでも言うんですか? 委員長は孤児だと認めていましたよね? 村人が日中にその姿を見たことがなかったとか、夕焼けで紫色っぽく見えたとか、いくらでも理由は考えられますよ」
抑えてはいるものの、ルク・ミィアの落ち着かない声色が、カズラの耳に遠く響いた。
カーネルシアが嘘をついていると思いたくはないが、老人は孤児が2人いたとは言っていない。髪は染料でどうとでもなる。だが、目の色を変える代物は、アーサニカーには無いはずなのだ。闇の中でさえ、鮮やかに見えている青紫色の髪と瞳だ。
「委員長が何を考えてそう言ったのか、俺には分からない」
ラグが感情を押し殺すように、カーキ色の鞄を抱きしめた。
「だからどうした。成りすますも何も、カーネルシアは自分で『その』孤児だとは言っていないだろ。クソジジイとか言う年寄りが勝手にそう言っただけだ」
カズラは反論しながら、委員長に対する一種の疑惑が沸き上がるのを感じた。
チァーラの実の窃盗に関わっていると思われ、カーネルシア共々泳がされているのではないのか。
「あの、本当にみなさん、窃盗事件とは無関係なんですよね?」
ルク・ミィアがたまらず、先に口を開いた。
カズラは煮えくり返る腹から、熱い不満を怒涛のように吐き出した。
「お前が出港した後に、俺たち全員ゴンゾー街で目撃されているんだぞ! どうやって船にある実を盗む!!」
カズラのしっぽが、ちりちりと膨らみ始める。
「窃盗の実行犯ではなくても、陽動係だとか色々考えられるじゃないですか」
険しい顔で応酬したルク・ミィアだったが、やがて気が抜けたように肩の力を抜いた。
「……まぁ、私、捜査官じゃありませんし、ハリヌ器が売れれば何だって構いませんけど」
「俺がハリヌ器を買えるような金持ちに見えるのか?」
忌々しさを噛み殺しながら、カズラが吐き捨てる様に言う。
「あなたには無理でしょうね」
すかさずルク・ミィアが微笑みながら、人を小馬鹿にしているように首をかしげた。
「なら、どうして付きまとう!」
カズラは、今ほど猫のように爪を出したいと思ったことがなかった。ルク・ミィアの飄々とした顔を感情に任せて引っ掻けたなら、どれだけ気が晴れる事だろう。
だが、傷害事件を起こしてしまえば、それこそルク・ミィアの思う壺だ。
「あなたには付きまとっていません。私はカーネルシアとご一緒しているだけです。自分を助けてくれた方が、同じ船でグレィマに行くと分かったなら、普通はもう少し交流を深めようとするでしょう。それとも、普通ではないカズラさんには、分からないことでしたか?」
たっぷりと嫌味を込めて、ルク・ミィアが冷笑を浮かべた。
「営業と言うと、あなたのように警戒して拒絶してくる方も多いんです。まぁ、あなたは異常過ぎますが。サヘー島での営業も、決して楽なものではありませんでした」
ルク・ミィアはそこで言葉を切ると、不愉快な記憶から距離を置くためか、重く深呼吸をした。
「ゴンゾー街までカーネルシアと共にいた時間だけが、私にとってサヘー島での唯一心休まるものだったんです。カーネルシアが何かやましい罪を犯していたのなら、私を一目散に追い払うはずでしょう? 今のあなたのように」
指摘されたカズラが、力を入れてしっぽの動きを止める。
「だから私はカーネルシアを疑いません。あなたが何とおっしゃろうと」
うっとりした顔でルク・ミィアが締めくくった。まるで、カズラがカーネルシアを擁護した事など、なかったとでも言うような態度だ。
「俺も……カーネルシアには何か事情があるんだと思う。正直、窃盗犯と何か関係がある可能性は否定できないが、カーネルシアが悪い奴らの一味だとは、どうしても思えない」
この話題のきっかけをもたらしたラグも、続いてそう結論付けた。結局、話は全員が共通して考えていたことを再認識しただけで終わった。
害のなさそうな顔をしている奴は信用ならない。カズラにとって、それは覆せない教訓だった。
しかし、多分、カーネルシアを除いて。




