第5章・40節『ジュクバナの木の下』
「特別と言え。ポルポの言葉は人とは違う」
カズラが硬い口調で、呆れた様にカーネルシアをたしなめた。カーネルシアが使う幼稚な言葉は、確かに学び舎から仕入れた物ではない。もしかしたら、以前にもポルポと話したことがあったのかもしれない。
「カズラは嫌いな言葉が多いな」
カーネルシアは声こそ淡々としていたが、不満そうに唇をむにむにと動かした。
「俺が嫌いかどうかじゃない。変な言葉を使って、笑われるのはお前なんだぞ?」
カズラがどうしたものかと困り顔で答える。これではまるで、カーネルシアの親のようだ。
白い袋を握りしめたカーネルシアは、そのまま目的地へと路地をひょこひょこ進んでいった。狭い街だとは言え、ルク・ミィア達を完全に放置して行くようだ。その事実は、カズラの気分を最高に良くした。
いくつか角を曲がった先に、目的の小さな店はあった。カズラが港でドゥルフに頭を下げていた時に、カーネルシアがルク・ミィア達と入った保存食屋だった。
店に入ったカーネルシアは、店の奥で本を読んでいる店主らしき女のもとへと歩いて行った。
「これを買ってもらいたいんだ」
持っていた白い袋を、カーネルシアが店主の鼻先に突き出す。
「はい?」
突然の申し出に驚きながら、店主が手渡された袋の中身を不審そうにのぞき込んだ。
「え? まさかこれ、セベヒーシャ?」
袋の中には、涙型の真っ白な実がぎっしりつまっていた。
それはチァーラの木の周囲に生える、わい性の常緑低木の実だった。生食でき、コリコリとした不思議な食感と、甘酸っぱい味が特徴の実だ。数年に一度しか結実しないため、非常に希少価値が高い珍味だった。
とても深い根を持ち、他の植物に比べて外気に水分を多く放出するため、周囲の湿度が上がる原因のひとつとなっていた。湿気を好むチァーラの木にとっては、なくてはならない共生植物だった。
店主の言葉を聞き、カズラも思わず袋の中を横からのぞき込む。3センチメートルほどの白い実は、確かに本で見たことがあったセベヒーシャに見える。艶のある涙型のそれは、特別保護区で生まれ育ったカズラでさえ、食べたことが一度もない物だ。
「お前、これをどこで」
絶句するカズラを他所に、店主が歓喜して店の奥から木のボウルを持ってきた。袋の中身を丁寧にボウルに移し、実の状態を確かめる。
「こんなに大きくて綺麗な実、見たことないわ。幾らで売ってくれるの?」
カーネルシアはかくっと首を傾げると、大人の乗船券が1枚買える4,000エンを提示した。
「これ全部で? まさか、違うわよね。4,000エン分売るって事なのね? 全部買わせてちょうだいな。全部でおいくら?」
店主が唾を飛ばしそうな勢いでカーネルシアに詰め寄る。
実は、少なくとも10個以上は入っているように見える。
「8,000エンだ」
黙ったままのカーネルシアの横から、カズラが素早く口を挟んだ。
「買うわ!」
店主が即答し、カーネルシアは白い袋と引き換えに、8,000エン分の硬貨を手に入れた。
これで乗船券を買えるとは言え、カズラの不安は募るばかりだった。
「あれを何処で手に入れた」
街路に出たカズラは、開口一番でカーネルシアに聞いた。コワト村の郊外でカーネルシアの持ち物を確かめた時には、白い袋など持っていなかったのだ。まさか、スズモロの実同様、ゴンゾー街で誰かにもらったとでも言うのだろうか。
「街道でルクと出会う前に、森で見つけたんだ」
路地の途中で立ち止まり、カーネルシアはカズラの懸念を拭うように説明した。今は確かに、セベヒーシャの実がなる5月だ。だが、誰にもまだ採られていない幻の実を、大量に見つけられる幸運はどのくらいの確率で起こり得るのだろう。
「カーネルシア! カズラさんに拉致されたのかと思って心配しましたよ!?」
カーネルシアの背後から、必死の形相をしたルク・ミィアと、ラグが駆け込んで来た。
「お金を手に入れていたんだ。カズラは僕にくっついて来ただけだ」
のん気に答えるカーネルシアとは裏腹に、2人に見つかったカズラが露骨に嫌な顔をした。
こうしてカーネルシアと逃げる機会は失われ、4人は通行人を避けながら再び細い路地裏へと入って行った。
足を運びながら、カーネルシアがいかにして8,000エンもの金を手に入れたのか、カズラがルク・ミィアとラグに勿体ぶりながら教えた。
「セベヒーシャの実を!?」
路地の先にある宿舎裏の広場に、ラグの間抜けな声が響いた。広場にはジュクバナの木が何本か植えられており、その下に丸太で適当に作られた腰かけが並べられていた。
「10個以上持っていた」
丸太の切れ端に座り込みながら、カズラが未だに信じられないようにつぶやく。カーネルシアの視線の先で、ジュクバナの細長い葉が風に揺られてさらさらと良い音を立てている。
「俺、一度でいいからセベヒーシャの実が食べてみたい。森で調査することも多いのに、まだ見つけたことがないんだ」
ラグが若干興奮したように声を弾ませた。
「セベヒーシャって何ですか? 初めて聞きましたけど」
ルク・ミィアがカーネルシアに近い丸太に座りながら、黒い長鞄を地面に置いた。中のハリヌ器がカチャリと音を立てる。
ラグも続いて丸太に座りながら、セベヒーシャに関する情報を生き生きと話し出した。
「チァーラの周囲に生える20センチほどの低木だ。サヘロディが名付けたと言われている。滅多に実をつけないから、幻の実とも呼ばれていてさ。まとめて見つけることは、ものすごく難しいんだ」
ジュクバナの花期は3月であるため、すでに花弁は落ちて無くなっていた。しかし、あと2か月ほどで熟す果実から、すでに微かな芳香が漂い始めている。
古き時代の人々が【ジュクシタバナナ】と呼んでいた果実の味を彷彿とさせる匂いだとして、この名を付けたらしい。
ついでにジュクバナの実が食べられれば、どんなにいいだろう。ラグは胸いっぱいに甘い香りを吸い込んだ。
「幻の実なら、私も食べてみたいです。カーネルシアが取引したお店に行けば、手に入れられますね」
ルク・ミィアの言葉を聞き、カーネルシアがジュクバナの葉から目を離した。
「セィベヒーしゃの実が食べたいのか?」
カズラとルク・ミィアのしっぽが、カーネルシアの問いに大きく跳ねる。
「もしかして、まだ持っていたりするか?」
ラグが素晴らしく期待を込めた目をカーネルシアに向けた。同時に、カズラとルク・ミィアのしっぽに力が入り、ぷるぷると小さく揺れる。
「食べたいか?」
カーネルシアはそんな3人にゆっくり聞くと、心地良い風の中でにったりと笑った。




