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木漏れ日と君のカーネル  作者: 墨鎧可倉
第5章

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第5章・39節『とくべちゅな物』

「イヤイヤ期か何かなんですか? あなた。あの男に土下座するのは良くて、私達に奢(おご)られるのは駄目だなんて、おかしな方ですねぇ」

 ルク・ミィアの指摘に、カズラのしっぽがより一層凶悪に揺れた。カーネルシアがカズラのしっぽに引き付けられ、目を皿のようにして動きを追いかけている。


 ラグがカズラの言動で傷ついたと言わんばかりに、しおらしくうつむいた。

「別に、法外な要求なんてしない。俺はただ、グレィマでもしばらく行動を共にしたいと思っただけなんだ」

 おぞましい物でも見たように、カズラがラグに目をむく。

「死んでもごめんだ!」


 3人は通りの隅で、お互いの腹の中を探るように睨(にら)み合った。

「僕がカズラの乗船券を買う」

 カーネルシアはひとり何処(どこ)吹く風でそう言うと、一瞬止まったカズラのしっぽを捕まえ、先端の毛をつまんで遊び始めた。


「買うも何も、お前は金を持っていないだろ。昨日のスズモロの実も、一体誰にもらった物か、まだ聞いていない」

 カズラはしっぽを背後に隠した後、カーネルシアを問いただそうと面と向かった。


「毒のないカーネルシアを気に入られた方が、他にもいるんでしょう? 可笑しなことだとは思いませんけど」

 横からルク・ミィアが、聞かれた訳でもないのにカーネルシアを勝手に擁護(ようご)する。


 雲の切れ間から、アーサニカーの恒星フョーカーが、じりじりと頭を焼く。

 ルク・ミィアは周囲を見回すと、褐(かっ)色の肌で日焼けを気にしているのか、休憩できそうな屋根付きの場所を探した。

「このまま乗船時刻まで立ち話という訳にもいきませんし、少し座りませんか」

 ルク・ミィアに賛同したラグが、カーネルシアを手招きして通りを脇にそれた。


(カーネルシアがスズモロの実を盗んだとは思わないが、人につけ入られる隙(すき)を生んだ可能性がある以上、把握(はあく)しておいて損はない。単細胞には、分からないだろうがな)

 気に掛かっていることが、またしても有耶無耶(うやむや)にされる。カズラは不満気に心の中でぼやくと、ため息と共に肩を落とした。


◆―――――――――――――――――――――――――――――――――――◆


「メロちゃん、この繭(まゆ)、どこで手に入れたって?」

 昨日メロウティアから分析依頼の手紙と共に、正体不明の繭を送り付けられたムラタ教授がつぶやいた。机の上には雑多な物があふれている。

 繭の付き添い人である保護委員会の職員が、うろついていた視線をムラタ教授に戻した。

「ゴンゾー街を北上した所にある、コワト村の近くです」


 ムラタ教授は、グレィマ国立フジシマ大学付属の生命分析研究所所長でもあった。妻は14代サヘー保護委員会の委員長ヨシタカ・タカイドの妹であり、メロウティアは姪(めい)にあたった。


 サヘー協定の調停役となったゴンゾー・タカイド。その子孫を配偶者に持つという事は、上流階級の世界に入ることを意味していた。同時に、彼らにとっての厄介ごとを、真っ先に処理する必要が生じる訳だが。


「サヘー島の学者達にも分からなかったんだって?」

 昨日から何度も同じことを口にしながら、ムラタ教授は部屋の中央にある台に置かれた、大きな繭を見た。

「はい」

 職員が我慢強く会話に付き合う。


「まぁ、あの島にいる学者は変わり者ばっかりだし、最先端の知識もない人たちだから、仕方ないけども」

 自身の印象を悪くしないように努めているのか、ムラタ教授ができるだけ柔らかい声で蔑(さげす)む。ここはひとつ、姪っ子にいい格好を見せて、恩を売りたい所なのだろう。


 とは言え、昨日この繭が届いてからこの方(かた)、思いつく事を色々試してはみたものの、どれもが空振りに終わった。物理的に傷がつけられず、煮ても焼いても変化はなく、酸、アルカリ、電気的な刺激などにも反応せず、様々な測定器も何ひとつ検出しない。唯一判明しているのは、サヘー島で測った繭の重さのみときている。


 この大きさの繭を生成できるような大型の陸上生物は、少なくともサヘー島やグレィマ島、セルデン島には存在していない。

 昔読んだことがあった伝記には、繭を作るコンチュウという生命体が出てきた。古き時代の人々の故郷、ベュー・ルガテカーのいたる所に存在していたそうだが、ここアーサニカーにはそれも存在していない。


 3島以外から何かが来て繭を生成したのだとしても、これほどまでに頑強な物が作り出せるのだろうか。机の上に放り出していた分析(ぶんせき)依頼書を、ムラタ教授がもう一度拾い上げて目を通す。


 数年前に老眼が始まった所為(せい)で、書かれた文字に焦点がなかなか合わない。できるだけ自然を装(よそお)い、紙を持ち直して離す。そして再びそれを机に投げ、重く息をついた。

「さっぱり分かんないわ」


◆―――――――――――――――――――――――――――――――――――◆


 岸壁に打ち寄せる波の音と、空に増えた雲のお陰で、幾分かは涼しくなってきていた。ゴンゾー街で一番大きなメイン通りから小さな路地へと入り、ルク・ミィアを先頭に歩いて行く。

 路地の左右にある建物は、小さな店から3階建ての古い木造の宿舎(しゅくしゃ)に変わっていた。


 ラグは食堂で聞こえた委員長秘書の話を、いつルク・ミィアに話すか機会をうかがっていた。カズラに話したところで、頭ごなしに否定される気がしていた。

 ふと、ラグの足が止まる。後ろを歩いているはずのカーネルシアとカズラの足音が、いつの間にか聞こえなくなっているのだ。振り返ったそこには、誰もいない路地だけが残されていた。


◆―――――――――――――――――――――――――――――――――――◆


 その直前、カーネルシアは急に方向転換し、別の路地へと入っていた。

「どこに行く気だ?」

 カズラは一瞬ルク・ミィア達を呼び止めるか迷ったが、自分の正気を疑い、急いでカーネルシアの後に続いた。


「僕の持ち物をお金に換えるんだ。お金を稼ぐことは大事だからな」

 カーネルシアがカバンの中に手を入れ、何かを探しながら言う。

 昨日の宿代で、スズモロの実はポルポに全て手渡したはずだ。ゴンゾー街に運んでもらった時、カーネルシアはポルポに代価として何を手渡したのだろうか。歩きながら、カーネルシアが見慣れぬ白い袋をカバンから取り出した。


 不安そうな顔をしているカズラに気づき、カーネルシアが歯を見せてあくどく笑った。

「これは、とくべちゅな物だぞ?」

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