第5章・39節『とくべちゅな物』
「イヤイヤ期か何かなんですか? あなた。あの男に土下座するのは良くて、私達に奢られるのは駄目だなんて、おかしな方ですねぇ」
ルク・ミィアの指摘に、カズラのしっぽがより一層凶悪に揺れた。カーネルシアがカズラのしっぽに引き付けられ、目を皿のようにして動きを追いかけている。
ラグがカズラの言動で傷ついたと言わんばかりに、しおらしくうつむいた。
「別に、法外な要求なんてしない。俺はただ、グレィマでもしばらく行動を共にしたいと思っただけなんだ」
おぞましい物でも見たように、カズラがラグに目をむく。
「死んでもごめんだ!」
3人は通りの隅で、お互いの腹の中を探るように睨み合った。
「僕がカズラの乗船券を買う」
カーネルシアはひとり何処吹く風でそう言うと、一瞬止まったカズラのしっぽを捕まえ、先端の毛をつまんで遊び始めた。
「買うも何も、お前は金を持っていないだろ。昨日のスズモロの実も、一体誰にもらった物か、まだ聞いていない」
カズラはしっぽを背後に隠した後、カーネルシアを問いただそうと面と向かった。
「毒のないカーネルシアを気に入られた方が、他にもいるんでしょう? 可笑しなことだとは思いませんけど」
横からルク・ミィアが、聞かれた訳でもないのにカーネルシアを勝手に擁護する。
雲の切れ間から、アーサニカーの恒星フョーカーが、じりじりと頭を焼く。
ルク・ミィアは周囲を見回すと、褐色の肌で日焼けを気にしているのか、休憩できそうな屋根付きの場所を探した。
「このまま乗船時刻まで立ち話という訳にもいきませんし、少し座りませんか」
ルク・ミィアに賛同したラグが、カーネルシアを手招きして通りを脇にそれた。
(カーネルシアがスズモロの実を盗んだとは思わないが、人につけ入られる隙を生んだ可能性がある以上、把握しておいて損はない。単細胞には、分からないだろうがな)
気に掛かっていることが、またしても有耶無耶にされる。カズラは不満気に心の中でぼやくと、ため息と共に肩を落とした。
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「メロちゃん、この繭、どこで手に入れたって?」
昨日メロウティアから分析依頼の手紙と共に、正体不明の繭を送り付けられたムラタ教授がつぶやいた。机の上には雑多な物があふれている。
繭の付き添い人である保護委員会の職員が、うろついていた視線をムラタ教授に戻した。
「ゴンゾー街を北上した所にある、コワト村の近くです」
ムラタ教授は、グレィマ国立フジシマ大学付属の生命分析研究所所長でもあった。妻は14代サヘー保護委員会の委員長ヨシタカ・タカイドの妹であり、メロウティアは姪にあたった。
サヘー協定の調停役となったゴンゾー・タカイド。その子孫を配偶者に持つという事は、上流階級の世界に入ることを意味していた。同時に、彼らにとっての厄介ごとを、真っ先に処理する必要が生じる訳だが。
「サヘー島の学者達にも分からなかったんだって?」
昨日から何度も同じことを口にしながら、ムラタ教授は部屋の中央にある台に置かれた、大きな繭を見た。
「はい」
職員が我慢強く会話に付き合う。
「まぁ、あの島にいる学者は変わり者ばっかりだし、最先端の知識もない人たちだから、仕方ないけども」
自身の印象を悪くしないように努めているのか、ムラタ教授ができるだけ柔らかい声で蔑む。ここはひとつ、姪っ子にいい格好を見せて、恩を売りたい所なのだろう。
とは言え、昨日この繭が届いてからこの方、思いつく事を色々試してはみたものの、どれもが空振りに終わった。物理的に傷がつけられず、煮ても焼いても変化はなく、酸、アルカリ、電気的な刺激などにも反応せず、様々な測定器も何ひとつ検出しない。唯一判明しているのは、サヘー島で測った繭の重さのみときている。
この大きさの繭を生成できるような大型の陸上生物は、少なくともサヘー島やグレィマ島、セルデン島には存在していない。
昔読んだことがあった伝記には、繭を作るコンチュウという生命体が出てきた。古き時代の人々の故郷、ベュー・ルガテカーのいたる所に存在していたそうだが、ここアーサニカーにはそれも存在していない。
3島以外から何かが来て繭を生成したのだとしても、これほどまでに頑強な物が作り出せるのだろうか。机の上に放り出していた分析依頼書を、ムラタ教授がもう一度拾い上げて目を通す。
数年前に老眼が始まった所為で、書かれた文字に焦点がなかなか合わない。できるだけ自然を装い、紙を持ち直して離す。そして再びそれを机に投げ、重く息をついた。
「さっぱり分かんないわ」
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岸壁に打ち寄せる波の音と、空に増えた雲のお陰で、幾分かは涼しくなってきていた。ゴンゾー街で一番大きなメイン通りから小さな路地へと入り、ルク・ミィアを先頭に歩いて行く。
路地の左右にある建物は、小さな店から3階建ての古い木造の宿舎に変わっていた。
ラグは食堂で聞こえた委員長秘書の話を、いつルク・ミィアに話すか機会をうかがっていた。カズラに話したところで、頭ごなしに否定される気がしていた。
ふと、ラグの足が止まる。後ろを歩いているはずのカーネルシアとカズラの足音が、いつの間にか聞こえなくなっているのだ。振り返ったそこには、誰もいない路地だけが残されていた。
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その直前、カーネルシアは急に方向転換し、別の路地へと入っていた。
「どこに行く気だ?」
カズラは一瞬ルク・ミィア達を呼び止めるか迷ったが、自分の正気を疑い、急いでカーネルシアの後に続いた。
「僕の持ち物をお金に換えるんだ。お金を稼ぐことは大事だからな」
カーネルシアがカバンの中に手を入れ、何かを探しながら言う。
昨日の宿代で、スズモロの実はポルポに全て手渡したはずだ。ゴンゾー街に運んでもらった時、カーネルシアはポルポに代価として何を手渡したのだろうか。歩きながら、カーネルシアが見慣れぬ白い袋をカバンから取り出した。
不安そうな顔をしているカズラに気づき、カーネルシアが歯を見せてあくどく笑った。
「これは、とくべちゅな物だぞ?」




