第5章・37節『ラグの話したいこと』
「フルイ・ラグさんは必要な物を購入されたんでしょう? どうしてお店の中についてくるんですか」
冷たい声で呼ばれたフルネームに、悪意のようなものを感じ、ラグは眉を寄せて隣のルク・ミィアを見た。
「君もカズラのように排他的なのか?」
ミチアキモラは比較的穏便な気性だったが、鈍感という訳ではない。
「いえ、狭い店内ですから、他の方にご迷惑がかかると思っただけです」
確かに、3人以外にも品を物色している客が数人いる。ラグは渋々店から外に出ると、壁に背を預け、新しく入手した冊子を鞄から取り出した。
【チァーラの根かじり、カーネル】
そう書き留めながら、チァーラの硬質化した表皮の手触りを思い出す。
サヘロディがチァーラの木を作り出した事自体、否定する者は多かった。キーイーらィの呪い以降、サヘロディの痕跡は消される一方だ。キーイーらィの隠れ家が、かつての首都セイキョウの西にあるアメホシ島にあった事すら、史実から消えつつある。
サヘー島という特殊な環境では、学び舎で島の歴史と共に、サヘロディの存在を教える事が当たり前になっていたが、グレィマやセルデンサローでは違うだろう。
しかし、チァーラの木の特異性を見れば、どう考えても自然の産物であるはずがなかった。
サヘロディの恵みを受けているにも関わらず、サヘロディを否定し、ないがしろに扱う事が、ラグには許せなかった。その最たるものである、チァーラの実の管理で生計を立てているカズラでさえ、サヘロディを語りたがらない。
カーネルシアが住んでいた地域には、クスノキ村がある。ラグにとって、同じ考えの者たちが住んでいる場所だ。
カズラがもしそこに生まれていたのなら、サヘロディに対する意識も変わったのではないか、とラグは思った。
そしてカーネルシア。
個人の過去に首を突っ込む、不躾な者にはなりたくなかったが、秘書がメロウティアに報告した言葉が耳に残っていた。
ミチアキモラはドゥルフやクースフローよりも聴覚が優れており、カズラに聞こえなかった言葉が聞こえていたのだ。
ラグは紙巻き鉛筆の後ろで頭をかきながら、それをカズラとルク・ミィアに話すかどうか悩んだ。
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チァーラの木に夢中のミチアキモラは、縄張り意識が強いというクースフローの雄の性質を知らないらしい。ようやく邪魔者を追い出せたという小さな勝利が、ルク・ミィアの黄緑色の毛長しっぽをぷるぷると震わせた。
「カーネルシア、おやつにお菓子はどうですか?」
甘い声を出したルク・ミィアが、ニューニュー液とスズモロの実の粉から作られた焼き菓子を指さす。カーネルシアはその誘惑を気にも留めずに首を振った後、もう見るものが無くなったのか、店の外へと出て行った。
「……なかなか手ごわいですねぇ」
焼き菓子を店員に頼み、数切れ包んでもらうと、ルク・ミィアは気を取り直して店を後にした。
カーネルシアは無言のまま、港へすたすたと足を進めていた。その後を追いながら、ラグがルク・ミィアに並んで小声をかけた。
「後で少し話したいことがある。構わないか?」
薄紫色のルク・ミィアの涼しげな瞳が、ラグを横目でちらりと見下ろす。
「構いませんよ? どんなハリヌ器をご所望です? 小型の物から軽量特化、大型タンク、チャイルドロック付きなど色々ありますよ。あ、弊社ではセルデンサローのトリイ・ハリヌ社のように、演出効果で誤魔化しているだけの似非ハリヌ器は扱っておりませんので、それだけはお含みおきくださいね」
石畳の通路を歩きながら、ルク・ミィアが聞いてもいない事をべらべらと説明する。
「いや、ハリヌ器を買いたい訳じゃなくて……」
ラグはしどろもどろで、適切な表現が無いか考えあぐねた。話題がデリケートなものだけに、穏便に済ませたかったのだ。
「一般の方には少々値が張りますし、チァーラの実自体、手に入れられる方は限られますからね。躊躇される気持ちも分かりますよ。そういった方には、融資が可能な金融機関をご紹介することも出来ます。チァーラの実を扱うための、特製の手袋もお付けして」
「話はカーネルシアのことだ」
ルク・ミィアの暴走を止めるように、ラグが意を決して切り出した。
ルク・ミィアが前を行くカーネルシアとの距離を確認しつつ、不審そうにラグを見て立ち止まる。
途端に誰に呼び止められた訳でもなく、カーネルシアが後ろを振り返った。そして、止まったままのラグとルク・ミィアを、その鮮やかな青紫色の目でじっと見つめた。
ルク・ミィアはにこやかに手を振りながら、カーネルシアに走り寄った。
「もしかして、カズラさんをお探しですか?」
カーネルシアは黙ったまま、もう一度ラグの方を見た後、港の隅に係留されていた臨時用の船へと視線を送った。時折海から吹く風が、独特の匂いを運んできている。
カーネルシアにつられ、ルク・ミィアも船へと顔を向けた。グレィマとの定期輸送船が1隻航行不能となったため、代わりにそれを出そうとしているのか、人が多数集まっている。
その中に、紫色の髪と消し炭色の肌のクースフローの姿もあった。
「カズラ、本気でこれから船賃を稼ぐつもりなんだな」
ラグが何事もなかったように、平静を装いカーネルシアのそばにたどり着く。
仕事をもらおうとしているのか、船の近くで作業をしている大柄のドゥルフに、カズラが身分証明書を見せて何か話し込んでいた。
「カズラは、いいにゃんにゃんだからな」
カーネルシアが少し自慢そうに言う。しかし、ドゥルフの作業員はカズラを手で追い払っている様に見える。
「上手くいきますかねぇ?」
冷めた表情で、ルク・ミィアがそれを眺めた。




