第5章・36節『信者の欲望』
「グレィマ行きの定期輸送船は、いつも通り16時に出るそうですよ」
カーネルシアの申請書を提出し、輸送船の予定表を見てきたルク・ミィアが帰ってきた。
「俺も一緒にグレィマに行くよ。向こうの植物学者と、話がしたいと思っていたところだから」
ルク・ミィアの後ろから、ラグが満面の笑みを浮かべて乗船券を見せた。
カズラが、卒倒しそうなほど引きつった顔でラグをにらんだ。なぜ念願の新しい生活を前に、忌々しく邪魔でおぞましい生物が2匹もしつこく付きまとってくるのか。
「みんなグレィマに行きたいんだな」
カーネルシアには何の懸念も無いのか、楽しそうに頭を左右に揺らしている。
カズラは己の不遇さにくすぶりを感じながらも、輸送船に乗船するまでの時間をどうするか考えた。
ゴンゾー街でロクアシを借りれば、6時間と少しでコワト村と往復できる。家の中にある自分の金を取ってくるには問題ない。だが、兄達に見つかれば間違いなく、今日中にゴンゾー街には戻れなくなる。
カーネルシアの船賃は、頼めばルク・ミィア、あるいはラグが出すかもしれない。カズラの船賃がないと分かれば、尚のことだ。カーネルシアから離れたくはなかったが、船賃がなければルク・ミィアが嬉々としてカーネルシアだけを連れ、先にグレィマに渡ってしまうだろう。
カズラが船賃を稼いで来るのを、向こうでゆっくり待っているだの何だのと言えば、カーネルシアもそれを信じるに決まっている。
カズラは窓口で紙の身分証明書を受け取ると、カーネルシアに一言残し、飛ぶようにして港の方に走っていった。
「カズラさん、どうかされたんですか?」
ルク・ミィアが、離れていくカズラの背中を目で追って、意外そうにつぶやいた。これまでのカズラの言動から、カーネルシアをルク・ミィアの前に置いてひとり去るなど、あり得ないように思えたからだ。
「カズラ、船を見てくると言っていた」
自分に発行された身分証明書を、カーネルシアが珍しそうに眺める。
「あぁ、金がないからか。カズラ、きっと港で日雇いの仕事でも探す気だ」
ラグが合点した様子で港の方へと目を向けた。悪人顔で笑みを浮かべたルク・ミィアは、乗船券を悠々と2枚購入すると、カーネルシアの手を引いて嬉しそうに庁舎から出て行った。
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地下深くにあるその集会所で、棒茸や天井から垂れ下がったネバテの群れが、あちこちで光を放っていた。暗闇の中でそれらの発光キノコが、幻想的とすら思える空間を演出している。
それは元々アーサニカーに存在していたものではなく、古き時代の人々が試行錯誤して作り出したと言われている。
「サヘロディ様は、人類をこの貴き星へと導いて下さいました。どうかその御力で、我々を再び幸福の園へとお導き下さい」
部屋の中央には石の台があり、腐らないヌーネイルの鱗で作られた器が置かれている。器の中には黒いチァーラの実が、あふれるばかりに入れられていた。周囲には灰色のクロークをまとったミチアキモラ達が、数十人ほどひざまずいている。人々は気ままにサヘロディへの感謝や、願いを口にしているばかりで、互いに話を交わしたりはしなかった。
しばらくして、集会所の小さな木製の扉が開かれ、暗い灰色のクロークの人物が中へと入ってきた。
「サヘロディ様!」
人々が彼に気づき、顔を土にこすり付けるように下げて敬う。サヘロディと呼ばれた男は、気持ち良さげな表情で手をあげ、人々を促した。
「人の子らよ、頭を上げなさい」
しかし信者達は、恐れ多いと言わんばかりに動かず、目を合わせようともしない。
そんな中、信者としての地位が高い者なのか、2人のミチアキモラがしずしずと男に近づいた。
「サヘロディ様、今日も地上におもむかれるのですか? ドゥルフ・ストーンの者たちが指示を待っておりますが」
やはり2人もこうべを深々と下げ、敬意を動作で示している。
「いや、そう急ぐこともあるまい。我が降臨におののく猶予を与えることは、重要なことなのだ。人には反省の機会を与えねばならぬ。この身に力を取り戻すための時間も必要だ」
男はそこで言葉を切ると、器からチァーラの実をいくつか取った。そして指で中身を皮から押し出し、崩れる前に口の中に含む。後ろに続いた2人のミチアキモラが、手袋をはめた手で地面に落とされた皮を回収していく。
「サヘロディ様」
男が入ってきた扉とは別の扉が開き、中からドゥルフにしては小柄な女性が顔をのぞかせた。両耳の間にある灰色の髪を後ろで結んでおり、毛先が茶色になっている。その甘い声は、男の原始的な部分をくすぐるのに十分な魅力を持っていた。
名はトウミツ。サヘロディの神炎とは別で、男にかしずいているドゥルフ・ストーンと言う集団のリーダーだった。
男は頭を下げたままの信者達の前を仰々しく歩きながら、トウミツが開けた扉に向かった。
サヘロディの神炎を立ち上げて、早2年半になる。信者の数は44人。とても多いとは言えない数だ。
しかし、量より質とも言う。この狂信とも言える信仰者を、2年半でこれだけ集められた点は、見事と言うより他にない。彼らはサヘロディに対して忠実なのではなく、何よりも強く自身の安息の地を欲しているのだ。
神の存在ではなく、自らが救われるに値する存在であることを信じているのだ。救いと引き換えの信念とは、いかにも人らしいではないか。
男はその持論に微笑を浮かべた後、ひれ伏した自らの信者に再び手を掲げた。
「我が名はサヘロディ! そなたらをベュールガテカーに連れ戻す者なり!!」
男の叫びに信者たちが顔をほころばせ、疑うことのない感嘆の声をもらした。
「サヘロディ様……神の炎によるお導きを」
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カーネルシアを連れたルク・ミィアは、人込みを避けながら通りを歩き、やがて1軒の小さな保存食屋へと入って行った。
「輸送船の中で食べる晩御飯を買っていきましょうね。船の中には売店がありませんから」
既に軽食を購入してきていたラグは、それでも2人を見失わないようにするためか、店の中までついて回った。はち切れそうな鞄を、陳列された商品に当てないよう、注意深く抱きかかえている。
「僕は大丈夫だ」
意外なカーネルシアの返事に、ルク・ミィアが首をかしげた。
カーネルシアには凹んで汚れているカバンがあるばかりで、どう見てもまともな物が入っているようには見えない。食堂に来る前に、干し肉などの嵩張らない代物でも、手に入れていたのだろうか。
「……そうですか。ところで」
手に取ったドライプリベリーの小袋を棚に戻しながら、ルク・ミィアが声をひそめた。
「食堂の中で、皆さんの会話をかなり聞いてしまいました。カーネルシアは孤児だったんですね……」
しんみりとしたルク・ミィアの言葉が聞こえていないのか、それとも意に介していないのか、カーネルシアは店の中の物を珍しそうに眺めているばかりだ。
「カーネルシアのシアって、ミドルネームなのか?」
ラグが、フウセン草の長い実の皮に入った、甘辛く煮たケラ茸を見ているカーネルシアに聞く。
ヒバナ草の種とアマハの木の葉で味付けした、店の1番人気だと説明書きがあった。商品を見ることに夢中の様子で、カーネルシアは返事もせず、隣の棚へと歩いて行った。




