第5章・35節『孤児』
「そのバラノ村の孤児が、カーネルさんで間違いないんですか?」
メロウティアが、疑念を払拭できずに聞いた。
「顔は何度か見かけてるから、こいつに間違いないね。そもそも、保護も受けずにチァーラの森をさ迷い歩くような孤児の噂は、根かじり以外に聞いたことないよ」
老人は残りのニューニュー液をゆっくり時間をかけて飲み干し、空のコップを挨拶代わりに1度上げると、テーブルに置いて離れて行った。
会計を済ませ、食堂から出ていく老人と入れ違いで、マエルーが足早に帰ってきた。
「確かに、バラノ村には孤児がいました。年齢もさほど離れていません。ただ……」
しんと静まり返っているテーブルで、ラグが不安そうな瞳をメロウティア達に向けている。
メロウティアは、マエルーからの報告を離れた場所で聞き直すと、表情を引き締めた。テーブルに戻ってカシワに耳打ちをし、カーネルシアに視線を移す。カーネルシアの青紫色の瞳が、窓から射す光にきらきらと輝く。そこには不安や恐れなど、何も存在していなかった。
「カーネルさん。ご協力ありがとうございました。あなたがバラノ村の孤児であると確認できましたので、後ほど庁舎の受付で身分証明書を再発行します。あなたの国籍は、ご両親と同じグレィマになります」
カズラはその言葉に安堵しつつも、カーネルシアの正体が想像していたより早く判明した事に、寂しさを感じてもいた。
メロウティアとカシワは、カズラにも話が済んだことを告げ、時間を気にしているのか急ぎ足で食堂を後にした。カーネルシアは何事も無かったかのように、今ではカズラのしっぽを眺めている。
「カーネルと呼んだほうがいいのか?」
カズラは何も言わないカーネルシアに、できるだけ柔らかい声で聞いた。
カーネルシアはカズラのしっぽを素早く捕まえると、その先端に息をふうっと吹きかけた。カズラの気遣いも、特に意に介していない様だ。
「どちらでも構わない。でも、名は体を表すと言うだろう? それならカーネルシアだ」
奇妙なその返答に、カズラのしっぽの先が困惑してぴこぴこと動いた。
「カーネルシア!」
同時に食堂の奥から、こちらに向かってつんざく様な声が届いた。視界の隅に、カーネルシアのもとへ近づいて来る黄緑色の頭が映る。どうやらパンツに漏水したクースフローは、難なく下着を新しい物に変え、食堂で朝食までとっていたらしい。
「やぁ、ルク」
のんびりと振り向いたカーネルシアが、ルク・ミィアにぎこちなく笑顔を作った。カーネルシアにとって、笑みは親しみを示すための記号でしかないのだろう。だが、感情が伴っていない大げさな表情と言うものは、残念ながら逆効果にしかならない。
「どうでしたか? 取り調べは……」
3人の顔を見比べながら、ルク・ミィアが様子を探る。
「どうもしない。カーネルシアは身元が分かった。身分証明書も発行される。後は俺と村に戻るだけだ」
カズラは語尾を強調しながらカーネルシアの手を取ると、ルク・ミィアを突き放すように食堂を出た。
その足で庁舎に向かうと、カーネルシアの身分証明書を再発行するため、窓口で事情を説明した。出荷警備でカズラがゴンゾー街に来ているのを、過去に何度か隊員が確認していたらしく、カズラの身分証明書の再発行も可能だと言われた。
カズラが唯一無二である自分の肌色を好ましく感じたのは、これが初めての事だった。
身分証のタグだけは金属加工が必要となるため、後日庁舎に取りに来る必要があった。カズラとカーネルシアは、名前がすでに記入された発行申請書を手渡され、早速記載台へと向かった。
カズラが文字を書くのは久しぶりだったが、学び舎に通っていなかったカーネルシアは、カズラのペンの動きをじっと見たまま手を止めていた。ルク・ミィアがすかさず、カーネルシアの隣にぴっとりくっつく。
「私が代筆しましょうか?」
カーネルシアはルク・ミィアの申し出にうなづくと、申請書を手渡して記入事項を伝えた。文字は書けないが、申請書を読むことはできるらしい。
カズラはルク・ミィアの機転に渋い顔をしながら、慣れない手つきで自分の申請書の空欄を埋めていった。机の凸凹に、力の入ったペン先がやけに引っ掛かる。何度もインク瓶にペン先を突っ込み、インクの量を調節した。
そこに、今まで姿が見えなかったラグが駆け込んできた。湖でダメになった物の代わりを補充してきたのか、鞄が大きく膨らんでいる。
村に帰り次第、カーネルシアに必要な物を買うための金を用意しなければならない。カーネルシアとの新しい生活を想像し、カズラが期待とやる気に目を細めた。
「カズラ、僕と一緒にグレィマに行くんだ」
まるでカズラを現実に連れ戻すように、カーネルシアがカズラの風防服の袖を引いた。申請書をなんとか書き終えて指印したカズラは、カーネルシアの要求をあやすように、ただしっぽを振った。
「身分証明書があれば、グレィマに入れるだろう?」
カーネルシアは反応の薄いカズラから、ルク・ミィアに視線を移して同意を求めた。
庁舎の素っ気ない壁にかけられた時計の針が、午前9時を回った。
「グレィマでしたら、私がご案内しますよ。カズラさんは必要なんですか?」
ルク・ミィアの攻撃的な言葉が、カズラのしっぽをぴりぴりと震わせた。
「カズラは僕の……ニゃんニゃんだからな」
カーネルシアはカズラのしっぽを見下ろしながら、自分の言葉に酔いしれているように口角を上げた。目を丸くしたカズラだったが、ルク・ミィアから嫉妬の気配を感じ、勝ち誇ったように顎をあげた。
カーネルシア達の会話を背後で聞いていたラグは、ひとりグレィマの風土を思い起こしていた。
ラグの国籍はセルデンサローだ。一度もセルデンサローに行ったことなど無かったが、地表で生活を送ることを決めたミチアキモラは、どちらかの国籍を選ばなければならなかった。
語感がグレィマよりも良かったと言うだけで、ラグは何も考えずに国籍をセルデンサローに決めていた。
惑星アーサニカーには、滅ぼされた最初の国フョーカーサヘー以外に、グレィマとセルデンサローしか国が誕生していない。
ミチアキモラは国を持たず、地下にいる者たちは星の人口にも計上されていなかった。
サヘー島でのランデル戦争は、些細なことが発端で起きたと言われている。樹上での仕事が得意だったクースフローが、落果したチァーラの実を集めていた人間を他所に、樹上でチァーラの実を先取りし始めたのだ。
人間とクースフローとの間で小競り合いが起き、チァーラの実の生産を支配しているフョーカーサヘーに対し、好機とばかりにグレィマとセルデンサローが攻め入ってきた。キーイーらィの呪いから、71年後の出来事だった。
戦争の後には、焼けた大地と人々の骸だけが広がっていたと言う。
フョーカーサヘーの住人は、グレィマとセルデンサローの捕虜となり、長くサヘー島で奴隷としてチァーラの実を採取する事になった。アーサニカー歴185年、ランデル戦争は終結し、サヘー協定、サヘー特別保護法、そして国際ランデル法が定められた。
サヘー協定150周年で、クースフローの奴隷としての立場は解放され、チァーラの栽培は集落単位での許可制となった。その歴史も、チァーラの木がサヘー島以外に植樹できていれば、生まれなかったものだ。
ラグはチァーラの木を研究するためにサヘー島で暮らしていたが、グレィマにもチァーラの木を植樹させるための研究を行っている植物学者がいた。その事を思い出し、途端に黒いゴーグルの下で、ラグの目がきらめいた。グレィマに行く言い訳、もとい理由ができたからだ。
身分証明書の発行を待つカーネルシアとカズラを置いて、ラグはグレィマ行きの乗船券を購入するため、意気揚々と窓口に向かった。




