表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木漏れ日と君のカーネル  作者: 墨鎧可倉
第5章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/37

第5章・35節『孤児』

「そのバラノ村の孤児が、カーネルさんで間違いないんですか?」

 メロウティアが、疑念を払拭(ふっしょく)できずに聞いた。


「顔は何度か見かけてるから、こいつに間違いないね。そもそも、保護も受けずにチァーラの森をさ迷い歩くような孤児の(うわさ)は、根かじり以外に聞いたことないよ」

 老人は残りのニューニュー液をゆっくり時間をかけて飲み干し、空のコップを挨拶代わりに1度上げると、テーブルに置いて離れて行った。


 会計を済ませ、食堂から出ていく老人と入れ違いで、マエルーが足早に帰ってきた。

「確かに、バラノ村には孤児がいました。年齢もさほど離れていません。ただ……」

 しんと静まり返っているテーブルで、ラグが不安そうな瞳をメロウティア達に向けている。


 メロウティアは、マエルーからの報告を離れた場所で聞き直すと、表情を引き締めた。テーブルに戻ってカシワに耳打ちをし、カーネルシアに視線を移す。カーネルシアの青紫色の瞳が、窓から射す光にきらきらと輝く。そこには不安や恐れなど、何も存在していなかった。


「カーネルさん。ご協力ありがとうございました。あなたがバラノ村の孤児であると確認できましたので、後ほど庁舎の受付で身分証明書を再発行します。あなたの国籍は、ご両親と同じグレィマになります」

 カズラはその言葉に安堵(あんど)しつつも、カーネルシアの正体が想像していたより早く判明した事に、寂しさを感じてもいた。


 メロウティアとカシワは、カズラにも話が済んだことを告げ、時間を気にしているのか急ぎ足で食堂を後にした。カーネルシアは何事も無かったかのように、今ではカズラのしっぽを眺めている。

「カーネルと呼んだほうがいいのか?」

 カズラは何も言わないカーネルシアに、できるだけ柔らかい声で聞いた。


 カーネルシアはカズラのしっぽを素早く捕まえると、その先端に息をふうっと吹きかけた。カズラの気遣いも、特に意に介していない様だ。

「どちらでも構わない。でも、名は(たい)を表すと言うだろう? それならカーネルシアだ」

 奇妙なその返答に、カズラのしっぽの先が困惑してぴこぴこと動いた。


「カーネルシア!」

 同時に食堂の奥から、こちらに向かってつんざく様な声が届いた。視界の隅に、カーネルシアのもとへ近づいて来る黄緑色の頭が映る。どうやらパンツに漏水(ろうすい)したクースフローは、難なく下着を新しい物に変え、食堂で朝食までとっていたらしい。


「やぁ、ルク」

 のんびりと振り向いたカーネルシアが、ルク・ミィアにぎこちなく笑顔を作った。カーネルシアにとって、笑みは親しみを示すための記号でしかないのだろう。だが、感情が(ともな)っていない大げさな表情と言うものは、残念ながら逆効果にしかならない。

「どうでしたか? 取り調べは……」

 3人の顔を見比べながら、ルク・ミィアが様子を探る。


「どうもしない。カーネルシアは身元が分かった。身分証明書も発行される。後は俺と村に戻るだけだ」

 カズラは語尾を強調しながらカーネルシアの手を取ると、ルク・ミィアを突き放すように食堂を出た。


 その足で庁舎に向かうと、カーネルシアの身分証明書を再発行するため、窓口で事情を説明した。出荷警備でカズラがゴンゾー街に来ているのを、過去に何度か隊員が確認していたらしく、カズラの身分証明書の再発行も可能だと言われた。

 カズラが唯一無二である自分の肌色を好ましく感じたのは、これが初めての事だった。


 身分証のタグだけは金属加工が必要となるため、後日庁舎に取りに来る必要があった。カズラとカーネルシアは、名前がすでに記入された発行申請書を手渡され、早速記載(きさい)台へと向かった。


 カズラが文字を書くのは久しぶりだったが、学び()に通っていなかったカーネルシアは、カズラのペンの動きをじっと見たまま手を止めていた。ルク・ミィアがすかさず、カーネルシアの隣にぴっとりくっつく。

「私が代筆しましょうか?」

 カーネルシアはルク・ミィアの申し出にうなづくと、申請書を手渡して記入事項を伝えた。文字は書けないが、申請書を読むことはできるらしい。


 カズラはルク・ミィアの機転に渋い顔をしながら、慣れない手つきで自分の申請書の空欄を埋めていった。机の凸凹に、力の入ったペン先がやけに引っ掛かる。何度もインク瓶にペン先を突っ込み、インクの量を調節した。

 そこに、今まで姿が見えなかったラグが駆け込んできた。湖でダメになった物の代わりを補充してきたのか、鞄が大きく(ふく)らんでいる。


 村に帰り次第、カーネルシアに必要な物を買うための金を用意しなければならない。カーネルシアとの新しい生活を想像し、カズラが期待とやる気に目を細めた。


「カズラ、僕と一緒にグレィマに行くんだ」

 まるでカズラを現実に連れ戻すように、カーネルシアがカズラの風防服の袖を引いた。申請書をなんとか書き終えて指印したカズラは、カーネルシアの要求をあやすように、ただしっぽを振った。


「身分証明書があれば、グレィマに入れるだろう?」

 カーネルシアは反応の薄いカズラから、ルク・ミィアに視線を移して同意を求めた。

 庁舎の素っ気ない壁にかけられた時計の針が、午前9時を回った。


「グレィマでしたら、私がご案内しますよ。カズラさんは必要なんですか?」

 ルク・ミィアの攻撃的な言葉が、カズラのしっぽをぴりぴりと震わせた。


「カズラは僕の……ニゃんニゃんだからな」

 カーネルシアはカズラのしっぽを見下ろしながら、自分の言葉に酔いしれているように口角を上げた。目を丸くしたカズラだったが、ルク・ミィアから嫉妬の気配を感じ、勝ち誇ったように(あご)をあげた。


 カーネルシア達の会話を背後で聞いていたラグは、ひとりグレィマの風土を思い起こしていた。

 ラグの国籍はセルデンサローだ。一度もセルデンサローに行ったことなど無かったが、地表で生活を送ることを決めたミチアキモラは、どちらかの国籍を選ばなければならなかった。

 語感がグレィマよりも良かったと言うだけで、ラグは何も考えずに国籍をセルデンサローに決めていた。


 惑星アーサニカーには、滅ぼされた最初の国フョーカーサヘー以外に、グレィマとセルデンサローしか国が誕生していない。

 ミチアキモラは国を持たず、地下にいる者たちは星の人口にも計上されていなかった。


 サヘー島でのランデル戦争は、些細(ささい)なことが発端(ほったん)で起きたと言われている。樹上での仕事が得意だったクースフローが、落果したチァーラの実を集めていた人間を他所(よそ)に、樹上でチァーラの実を先取りし始めたのだ。


 人間とクースフローとの間で小競り合いが起き、チァーラの実の生産を支配しているフョーカーサヘーに対し、好機とばかりにグレィマとセルデンサローが攻め入ってきた。キーイーらィの呪いから、71年後の出来事だった。

 戦争の後には、焼けた大地と人々の(むくろ)だけが広がっていたと言う。


 フョーカーサヘーの住人は、グレィマとセルデンサローの捕虜(ほりょ)となり、長くサヘー島で奴隷としてチァーラの実を採取する事になった。アーサニカー歴185年、ランデル戦争は終結し、サヘー協定、サヘー特別保護法、そして国際ランデル法が定められた。


 サヘー協定150周年で、クースフローの奴隷としての立場は解放され、チァーラの栽培は集落単位での許可制となった。その歴史も、チァーラの木がサヘー島以外に植樹できていれば、生まれなかったものだ。


 ラグはチァーラの木を研究するためにサヘー島で暮らしていたが、グレィマにもチァーラの木を植樹させるための研究を行っている植物学者がいた。その事を思い出し、途端に黒いゴーグルの下で、ラグの目がきらめいた。グレィマに行く言い訳、もとい理由ができたからだ。


 身分証明書の発行を待つカーネルシアとカズラを置いて、ラグはグレィマ行きの乗船券を購入するため、意気揚々(ようよう)と窓口に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ