第5章・34節『バラノ村』
「カーネルさんは、どちらの国の籍をお持ちなんですか?」
カシワが気を取り直すように手帳に目を落とし、話を進めた。カーネルシアがグレィマの国籍を持っているならば、カズラと同じと言う事になる。しかし、カーネルシアは他人事のように首を曲げ、カズラの耳の先端の毛を眺め始めた。
カズラが気をもみ、思わず口を挟む。
「カーネルシアには親がいない。顔からして、まだ15にもなっていなさそうだ。サヘー島で孤児になって、着の身着のまま、彷徨っていたんじゃないのか?」
「孤児。住んでいた村の名前は分かりますか?」
カシワが機械のように質問を続ける。特別捜査官ともなると、感情に流される事などないとでも言うのだろうか。カズラのしっぽがストレスを感じ始め、椅子の足を叩き始めた。
メロウティアがすかさずそれに気づき、カシワに何かを耳打ちをした。カシワはそこで一息入れると、一旦手帳を閉じ、両手の指をテーブルの上で組んだ。
「ずっと地下にいたのなら、知る手段がないとは思いますが」
そう言いながら、カズラ達の反応を漏らさず見ようと、隙のない視線を向けた。
「昨日、グレィマとセルデンサロー、両国への定期輸送船が、身元不明の賊に襲撃されまして。その際、チァーラの実が190箱分盗まれているんですよ。私は、コワト村を含むサヘー島での連続放火窃盗事件が、この件の解決の糸口になるのではないかと考えているんです」
カシワの言葉を聞いてカズラとラグが絶句し、生唾を飲もうと喉を動かした。
「190箱って……全部で……」
ラグがぼそぼそと計算を始める。
「38万粒。サヘー島での契約価格で3億8千万エン分です」
メロウティアも3人の顔色をじっとうかがっている。
「冗談じゃない……。そんな事件に俺達が関わっていると思っているのか!?」
しっぽの毛を膨らませたカズラの肩に、カーネルシアがゆっくり手を置いた。
「住んでいたのはバラノ村だ」
周囲の客が立てる食器の音や咳払いの中で、その名が耳に鮮明に届いた。
「バラノ村……。共有地区は何班でしたか?」
質問するカシワの後ろで、マエルーが腿に乗せていた皮の鞄から資料を取り出し、村の名を確認し始めた。その指が一覧上で止まる寸前に、カーネルシアが答えた。
「1班だ」
50の集落に対し、共有地区は17班まであった。そこに、学び舎やゴンゾー街との電話設備、所轄署や小さな診療所などが集められていた。
カズラのコワト村が第15班である事を考えると、カーネルシアの村はサヘー島の中央に位置するコイガネ山脈をはさんだ西側に位置することになる。
「バラノ村って、サニム街の南側にある村だよな」
ラグが記憶を手繰るようにつぶやいた。サニム街とは、最初の国フョーカーサヘーによって作られた、霧深い小さな学者街のことだ。
振り返ったメロウティアに、マエルーが集落一覧を広げて見せた。そこには確かに、第1班の共有地区に所属しているバラノ村の名があった。
「カーネルさんとシーファーさんは、ここで少しお待ちいただけますか。村の方に確認を取ります。それと」
カシワが言葉を切り、メロウティアを経由してマエルーに連絡のため庁舎へと向かわせた。
その後ラグに向き直り、緊張を解いた口調で言った。
「フルイ・ラグさんは、昨日保護委員会がサヘー植物研究所からお呼びしていますね。身元は確かですし、もうお帰りになって構いません。ご協力ありがとうございました」
ラグのフルネームを聞き、カズラの耳が一瞬反応する。ラグはいつものように鞄のショルダーベルトを握ると、カーネルシアをちらりと見て口を開いた。
「俺はまだ時間の余裕もあるし、カーネルシアのことも気になるから、一緒に」
「帰れ」
カズラがラグの言葉をさえぎって返した。厄介払いができる機会を、そうそう見逃すはずもない。
黒いゴーグルの下で、ラグの目つきが苦々しいものに変わる。その時、別のテーブルで朝食をとっていた大柄な老人が、ふらりと立ち上がって近づいて来た。
「あんた、さっきバラノ村って言ってたが……」
老人はそう言うと、いまだ立ったままのカーネルシアの顔を回り込んで見下ろした。他の4人の視線が老人に注がれた後も、老人はカーネルシアを見つめたままだった。
左右で目の色が異なっており、左目は瞳孔まで白く、右目は虹彩が灰色がかっている。うねった白髪の中に残る水色の髪が、焼けた肌にだらしなくかかっており、年齢は70近くに見えた。
その190センチメートル近くあるだろう背丈は、一見ドゥルフを思わせた。しかし獣臭が全くしない事から、ドゥルフとクースフローのミックスルーツのようだ。
非常に筋肉質な肉体も、それを物語っている。それとは裏腹に、ぼろきれのようなしっぽが、貧相なズボンから外に垂れ下がっていた。
「失礼ですが、あなたは?」
カシワが老人に用心深く問いかけた。老人はカシワに返事もせず、まだカーネルシアを穴のあくほど凝視している。
たまらずカズラが席を立ち、カーネルシアと老人の間に、無理やり体を割り込ませた。
「カーネルシアに何か用か」
凶悪な目つきで威嚇するカズラを、老人が一瞥した。やがて同じテーブルにいたメロウティアの存在に気がつき、軽く会釈した。
「委員長さんか。俺はバラノの隣の村にいた、クスジイって呼ばれてる者だけどよ。こいつは、チァーラの根かじりだわ」
「チァーラの根かじり?」
カシワとメロウティアが、そろって復唱した。
(クソジイと呼ばれている奴に、ろくな奴がいる訳がない)
心の中でカズラが早々に毒づく。
カシワに身分証明書を求められた老人は、胸元から金属タグを取り出して見せた。カシワがそれを念入りに調べ、手帳に登録番号を記した。
「名前は知らんがね。こいつの親が学び舎に行かせなかったんだわ。孤児って言葉が聞こえて、俺はぴーんときたよ」
老人は注目を集めていることに気を良くして笑った。
「詳しくお聞かせ願えますか」
身を乗り出すカシワに対し、老人が待っていたとばかりに力強くうなづく。マエルーがカーネルシアに用意したはずの椅子に、すかさず身を小さくして座った。
「報酬はニューニュー1本でいいよ」
メロウティアが老人の要求に苦笑し、店員に追加でニューニュー液を注文した。
「正確な日は忘れたが、数年前なのは確かだな。ひどい長雨があった年で、出荷途中に道沿いで倒木事故があったんだわ。そこで下敷きになった人間が、何人か死んじまったんだよ」
カーネルシアは無表情で、壁と天井の境目付近を見つめたままだ。カズラはカーネルシアを守るように、老人とカーネルシアの間に立ち続けた。
老人が話の腰を折られる事を嫌うタイプだと見たカシワは、ただ相槌を打ち、聞くことに注力している。
「その中に、こいつの両親もいたらしいよ? 事故の知らせがあった時に、なんでか森に逃げてったって聞いたが。バラノ村にいる飲み友達のキジちゃんが言ってたんだがね。それから、長雨で崖が崩れたところにあった古いチァーラの木に棲みついて、腹が減ったのか知らんが、チァーラの根をかじったりしてたんだわ」
店員が持ってきたニューニュー液の入った木のコップを、老人が大事そうに両手で包み込んだ。
「チァーラの根だよ? 硬質化してて食える訳がないんだよ。まぁ、子供だから、分からないままでかじってたんだろうがね。それから、罰当たりの根かじりと呼ばれだしたんだよ」
ニューニュー液をちびちびと飲みながら、老人はうっとりした顔でその鼻に抜ける甘い匂いを堪能した。
どうやら、話はそこで終わった様子だった。




