第4章・32節『煮物』
「マエルーも頼みなさい。シーファーさんも何か召し上がりますか?」
カズラにそう聞いてきたメロウティアの後ろで、秘書のマエルーがニューニューとプリベリーを混ぜた飲み物を頼んだ。マエルーの前には、大き目の手帳と筆記用具が並べられている。
質問の答えは漏れなく、一字一句彼に記録される訳かとカズラは思った。
「手持ちがない」
相手はカーネルシアの事をどこまで知っているのだろうか。カズラは、カシワの手元にある供述調書を見つめながら、忍び寄る懸念に表情を強張らせた。
カズラがカーネルシアを連れて森から帰ってきた事は、コワト村の駐在員がすでに報告しているだろう。
カーネルシアがサヘー島から追い出されるか否か、カズラが知らないだけで既に決定は下されているのではないか。
深刻な顔をしているカズラを他所に、メロウティアが追加注文を食堂の店員に伝えた。
「彼にも私と同じものをお願いします」
状況が状況だけに、カズラの腹は全く減っていなかった。しかし今頑固になった所で、得るものなど何もない。
カズラは両腕を前で組みながら、メロウティアの注文するがままに任せた。
「私、ここに来るたびに煮魚定食を頼むんですよ。カポイの味が好きでして」
カシワが、本題からそれて飯の話をし始める。こちらの緊張を解いて、有益な情報を吐かせやすくする魂胆だろうか。
かえって警戒心を強めたカズラは、意志の強さを示すように唇をきつく結んだ。
ゆるく曲線をえがいているカシワの品の良い茶色の髪と、切れ長の薄い紫色の目。なかなか優秀そうに見える面構え。何もせずとも、成功が約束されている類の人間だろう。
田舎の窃盗事件に国際捜査機関が関与してくると言うことは、グレィマかセルデンサローでも似たような事件があったのだろうか。あるいは、追っている犯罪者が関与しているのか。
「ちょっと調書を見せてもらいましたが、この街のはずれで見た男性のことを、私にもお聞かせ願えませんか?」
カシワは自身の顔を凝視したまま、微動だにしなくなったカズラを見て言った。
サヘロディの神炎の存在は、グレィマに住むカシワの耳にも届いていた。その男がミチアキモラだと言うのならば、彼らの本拠地は地下にあると言うことになる。
サヘー島の3集落で盗まれたチァーラの実は、その全てが地下に開けられた穴を通じて抜き取られていた。ミチアキモラならば磁覚を持つため、地下であっても大体の方角が分かる。地下通路を掘ることは、造作もないだろう。
ミチアキモラは非常に臆病な性格で知られており、単体では法を犯す度胸などなかった。そのため、通常なら窃盗事件の首謀者であるとは考えにくいのだが、集団になると大胆な行動に出やすい性質も持っていた。
サヘロディと名乗る者がそれを扇動し、地下に通路を掘らせているのなら説明がつきやすい。そして、彼らが2隻の定期輸送船が襲撃された件と繋がりがあるかどうかも問題だった。
チァーラの実の窃盗自体は稀に発生していたが、どれもが小規模、かつ単発で起きたものばかりだった。
5月に入って、サヘー島で初めて同一犯が引き起こしたとみられる連続窃盗事件が起きた。そこへ、史上初の大規模窃盗事件が発生したのだ。
今のところは何の接点もないため、カシワはサヘロディの神炎達が大規模窃盗事件の犯人だとは思っていなかった。だが、何かしらの情報を知っている可能性はある。
例えば、チァーラの実を違法に取引している闇市などの存在だ。
「何が知りたいんだ」
カズラの網膜の後ろにある輝板が、カシワの心をのぞき込むように光を反射する。
「容姿や、かけられた言葉、匂い、声の質感、どんなことでも構いません」
カズラはそこでようやくカシワから視線を外し、長年の使用で角が取れ、傷だらけになった食堂のテーブルに目を落とした。
「治安維持部隊にも話した。フードとゴーグルが邪魔で、相手の顔はよく見えなかった」
メロウティアとマエルーの前に、注文した物が運ばれてきた。スズモロのパン特有の優しい甘さを含んだ、ほんのり温かい湯気が立ち上っている。
霧の中のような記憶を辿りながら、カズラがゆっくり話し始めた。
「年を取っている感じはした。ミチアキモラを見慣れてはいないが、多分50代かそこらだ。声はざらざらして低かった。他の奴らより暗い灰色のマントのような外套を着ていた」
マエルーとカシワが、手元の手帳に情報を書き取り始めた。
「相手のことがよく見えていない状態で、ミチアキモラだと思われた理由をお伺いしても?」
忙しなく筆記用具を動かしながら、カシワが質問した。
「そいつらの手を見た。えらく汚れていたからな。ミチアキモラの爪が特徴的な形をしていて、黒いことは知っていた。俺達に向かって、人の子だとか、邪魔だとか言ってきた。姿がそんなに珍しいかとも」
カズラは、ゴンゾー街で男からかけられた言葉を思い出し、ためらいながらも口にした。
店員が騒がしく近寄り、カシワとラグの前に手際よく煮魚定食を置いていく。メロウティアがパンをちぎり、焼き立ての香りに表情を緩ませた。
カズラだけが、忘れ去られた存在のように席についている。
「それから『お前たち後を頼んだ』と俺達に言って、男達は穴に逃げた」
カシワが、スズモロの茹でられた丸い実の入った椀を持った。
「その男が、サヘロディ様と呼ばれていた、と?」
ラグが他人事のように、カポイ液で煮た大型の海洋生物である、ロロの切れ端を食べている。ロロは非常に筋肉質であるため、ここまで柔らかくするには、圧力鍋でも時間がかかったことだろう。染料のベースとなる油も取れるため、重宝されている生物だ。
浅瀬の海辺に生息しているカポイという5本足の生物を、長時間煮て作られるのがカポイ液だ。それで煮られた物は、すべて黒い色になる。少し酸味はあるが、香ばしく深みのある味が特徴だった。
カズラの前に、メロウティアにも出されたスズモロパンと、ニューニューの茶色い樹液を入れた木のコップが運ばれてきた。
「地下通路に逃げた後、その男達はどこへ行ったか分かりますか?」
カシワも十分味が染みたロロを、旨そうに頬張りながら聞く。
飯を食うか話をするか、どちらかにして欲しいと思いながら、カズラは首を横に振った。
「穴の中は暗かった。その上、あちこちで分岐していた。雨が降ったからか臭いも分散していて、よく分からなかった」
「で、チョスポまで行かれた、と。よくチョスポにたどり着きましたね。以前にも地下通路をご利用されたことが?」
カシワは、そこで初めてラグに目を向けた。話を聞いていないのか、ラグは夢中でロロをスズモロの実に乗せて食べている。
「おい、答えろ」
カズラが左隣のラグを肘でつついた。
「え? あ……チョスポとトロッコの古いゴンゾー駅までは、昔何度か行ったことはあった」
皿の上にある肉厚のロロ肉から、骨を引き抜きながらラグが答えた。カポイ液の色で、元々白色だった肉が薄墨色に染められている。
「旧トロッコ線でチョスポまで行かれたんですか? ゴンゾー街からそこまでは……えー……」
助け舟を求めるカシワに、メロウティアが開かれた薄い冊子を隣から手渡した。昨晩21時から朝の4時半まで行われた、治安維持部隊による地下通路の捜索の報告書だ。それを確認したカシワが後を続ける。
「ゴンゾー街から旧トロッコ線まで、徒歩で1時間かかったんですよね?」
カズラは妙に胸騒ぎを感じ、気を引き締めるようにニューニュー液を一気飲みした。コクのある味わいが特徴のはずだが、神経が張り詰めているためか、味がひどく薄く感じられる。それとも、カズラの物だけが水を入れて薄めてあるのだろうか。村でもそういう類の嫌がらせを毎日のように受けてきたため、カズラの心が動揺することはなかったが。
「ああ。多分、それくらいの時間で着いたはずだ」
ラグの声が、次第に調子を落とした。
「では、ゴンゾー街から地下通路に何度か入られたことがあった?」
カシワが箸を止めたまま、ラグとカズラの目の動きを注意深く観察している。
ラグも箸を止め、警戒するようにカシワを見返した。
「いや、不審者の奴らが開けた通路は、初めて通った」
「隊員の調べによると、分岐を一度も間違わずに進んだ場合に限り、1時間でチョスポにたどり着くようですが。本当に不審者がどこへ逃げたか、分からなかったんですか?」
何かが狭められていく気がして、カズラとラグは息をひそめた。




