第4章・30節『漏らすひと』
[プォプォプォプョォォゅゅゅゅゅゅゅゅゅプォォォォォォ……]
頭の方から不思議な音が聞こえてくる。ものすごい力で、ずるずると体が引っ張られていく。全身がアメーバにもみほぐされていく。特に頭皮と耳が。
[プォポポポポポポポポポポポポポポポポポルルルルルポルポ]
ああ、だからポルポなのかと、頭上に激しい衝撃を受け続けて錯乱しながら、ラグが思った。カズラは遠のく意識の中で、ポルポから出される音が歌のように聞こえ始めていた。ルク・ミィアは必死にハリヌ器の説明を心の中で繰り返していた。
[ぶり]
10分後、ゴンゾー街の地下で不気味な音を立て、穴の出口から4体の何かが次々と放り出された。ポルポは流線形を解き、いつものぬめりのある丸い頭に戻った。
「着いたのね。生きているのね?」
微動だにしない3人を見下ろしながら、ポルポがひげ触手を伸ばし、カズラのような物体の頭をつつく。
「面白かったな」
カーネルシアが立ち上がり、何事もなかったように全員の紐を解き始めた。全身から粘液がしたたり落ち、次第に薄くなって乾き、自然に剥がれて落ちていく。紐を解かれても、誰一人立ち上がれる者はいなかった。
「街には、この梯子を上って行くのね。ポルポ便専用ね」
ポルポはカーネルシアから紐をもらい、チョスポへ進む穴へ行くと、再び頭を流線に変形させた。
「マクマクモ゛」
カーネルシアが聞きなれない言葉でポルポに手を振る。ポルポは目にある線を山のように折り曲げ、カーネルシアと同じ言葉を繰り返すと、ひげ触手の先を左右に振った。
ポルポが帰った後も、カーネルシア以外は地面に寝転がったまま、目を点にして呆然としていた。カーネルシアがしゃがみ込みながら、まじまじとその様子を眺めている。
やがてルク・ミィアの指が動き、黒い長鞄を支えにしながら、よろよろと起き上がり始めた。
「少し……お漏らししたかもしれません」
光のない目が、何を見るでもなくさまよう。
カズラが無言で体を起こし、今まで息をするのを忘れていたかのように深呼吸をした。ラグもようやく起き上がると、鞄を抱きしめ、首を左右にふるふると動かした。
こうして、カズラ達はゴンゾー街に再び帰って来たのだった。
教えられた梯子を上った4人は、狭い小屋の中へと出た。番をしていた治安維持部隊のドゥルフが、腰を抜かしたように座っていた椅子から転げ落ちた。
穴はポルポ便のためだけの出入り口であり、出てきたポルポには、一時滞在許可証を与えて街に入れていた。そこから出てくるはずのない者達が、次々出てきたのだ。隊員が驚くのも無理はなかった。
カズラの肌の色を見た隊員が、大慌てで電話の受話器を取り、どこかに連絡を入れた。小屋はかなり狭く、4人の出た穴は格子で囲まれていた。その扉には鍵がかけられ、自力で出ることは出来ない。
ルク・ミィアはポルポの道を、案外利用できるのではないかと頭の隅で考えつつ、湿った下着を感じて、その考えを即座に忘却の彼方へと投げ捨てた。
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室内は、柔らかくも煌びやかな光で満ちていた。その光を閉じ込めている、数々の泡が宙に漂っている。
「サヘロディ様、もうお目覚めですか?」
サヘロディと呼ばれた男は、その声に緩く反応し、物憂げに視線を動かした。
「サヤカか……」
ベッドの隣には、アヤノ・サヤカが立て膝をついて待機していた。
華美ではないものの、上品な艶のある深紅のメイド服を身にまとっている。男は体を起こすと、サヤカに微笑を向けた。サヤカは、古き時代の人々からエルフと呼ばれていた伝説の生命体だ。その姿は極限に美しく、この世の者とは思えない儚さを秘めていた。
ベュー・ルガテカーではそれほど稀な存在ではなかったらしいが、ここアーサニカーで見かけることなど皆無だった。
クリーム色の長い髪に、繊細なピンク色のメッシュが何本も入っている。それを高くまとめていた。
「サヘロディ様、何かご心配事でもおありなのですか?」
サヤカが心配そうに、濃いピンク色の瞳を向ける。そこには慈悲深く、誠実さのこもった愛情が秘められていた。
「人の世を、どう正すべきか考えていたのだ」
男はそうこぼすと、両手を前に掲げて眺めた。ミチアキモラ特有の、分厚い爪が黒々と伸びている。
「この肉体は使いにくくていけない」
サヤカが、横からその手をそっと握りしめた。男の口角が抑え切れずにじりじりと上がる。
「わたくしは今のサヘロディ様のお体が一番だと思います」
その体の曲線は、どんな存在より艶めかしさを放っていた。




