第4章・29節『とくべちゅ』
朝の5時50分。グレィマにある国際捜査機関本部で、昨日に引き続き2度目の緊急会議が開かれた。招集の理由は、1時間前のセルデンサロー治安維持部隊・セルデンの盾から入った暗号化通信だった。
昨日サヘー島を出港し、セルデンサローに向かっていたはずの定期輸送船も襲撃され、チァーラの実が入った木箱が全て盗まれたのだ。その数はグレィマ同様95箱。
機関が設立されてからまだ4年しか経っておらず、これまでに数回緊急招集があったとは言え、今回の件が初めて扱う大規模窃盗事件となった。外の清々しい空気とは裏腹に、本部の会議室は重い緊張感で満たされていた。
今回の会議には欠席していたが、特別捜査官の中にはメロウティアの婚約者でもある、グレィマ籍の特別捜査官ユズユキ・カシワがいた。
本件でカシワとともに捜査する事になったのは、セルデンサロー籍の特別捜査官、イノ・シカヤマだった。
椅子の上で、ふくよかな尻を窮屈そうに動かしながら、シカヤマが手帳に事件のメモを取っている。
セルデンサローから7時間以上の船旅を終えた47歳の体からは、まだ疲れが抜けきっていない様子だ。去年10年ぶりに新調した紺色のスーツが、もう肉の膨張に追いつかれようとしている。
カシワは前回の緊急会議後、23時発の定期輸送船に乗船し、シカヤマの到着を待たずにサヘー島へと向かっていた。えい航された定期輸送船の調査に、一刻も早く立ち会うためだ。
カシワとシカヤマは以前の捜査でも組んでいたが、他の捜査官達よりも優れた功績を上げていた。今回の被害は巨額ではあったが、それゆえに犯人の足取りは簡単につかめるだろうと、上官達は予想していた。
単独犯ではない事は、2隻の定期輸送船が襲われたと見られる地点と、時刻、木箱の量を考えても間違いない。複数犯なら、足も付きやすいと言う訳だ。
シカヤマはこの会議が終わり次第、サヘー島までの8時間をまた船の上で過ごさなければならない。まだ捜査が始まっていないにも関わらず、シカヤマが怠そうに凝った肩を回した。
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ラグの用事が終わった後、カーネルシアはカズラ達をトスポバーの入り口に待たせ、ポルポのもとに向かった。
「用がすんだなら、とっととゴンゾー街に向かったらどうだ?」
カズラがカーネルシアの背中を見送りながら、そばに寄ってきたラグに不愛想な態度を取る。しかし、ラグは排他的なカズラを気にするでもなく、誇らし気に胸を張った。
「俺、カーネルシアが一緒に行こうと言ってくれているから」
どうやらこのミチアキモラは、黄緑色の毒吐き毛玉を真似て、図太く生きることに決めた様だ。
「ラグさんは植物学者なんですよね?」
ルク・ミィアが身長16センチメートル差のラグに、人懐っこく声をかける。
「ああ、チァーラの木専門だ。サニム街にあるサヘー植物研究所で働いてる」
ラグの返答にルク・ミィアのしっぽが跳ね上がり、やわらかく細い黄緑色の毛が空中をふんわりと漂った。興味なさげに、カズラがそっぽを向く。
「と言うことは、ランデルにもお詳しいんですか?」
「いや……実の中身の『性質』には全く疎くて」
隠すことなく素直に言いはしたものの、ラグは恥ずかしそうに薄い黄土色の目を伏せた。
その視界に、不思議な動きをしながら近寄るカーネルシアの足が入り込む。まるで壊れたゼンマイ仕掛けの人形が、精一杯楽しそうに振舞って踊っているような、微妙にぎこちないステップだ。
「とくべちゅな道を通してくれるぞ。これで10分でゴンゾーまで行ける」
他の3人の目が、帰ってきたカーネルシアに一気に注がれる。
「……特別と言いたいのか?」
カズラに言い直され、カーネルシアが視線を宙にとめて頭をわずかに傾けた。
「とくべちゅね。人が通ったことはないのね」
カーネルシアの後ろから、ポルポが顔を出した。目は口ほどに物を言うが、ポルポに限っては正しくない表現だろう。
「10分で? 確か、ここからゴンゾー街までは、直線でも10キロメートルくらい離れていると聞きましたけど……」
「それってつまり」
ルク・ミィアとラグが、朗らかだった笑顔を固めて強ばった。
サヘー島でゴンゾー街から離れた村では、蒸気自動車がチァーラの実の出荷で利用されていたが、それでさえ時速は40キロメートル程度だ。グレィマなどではもっと早い速度で走行していたが、何にせよカズラには縁遠い代物だった。
胸にわいた嫌な予感に、全員が生唾を飲む。未だ体験したことのない速度で、どこをどう通されると言うのか。
「ポルポ便のための道ね。死なないとは思うのね」
ポルポの最後の言葉で、さらに周囲の空気が固まった。
アーサニカーの地下には、目頭と呼ばれた生命体がいた。古き時代の人々が残した文献によれば、頭の模様が目に見えることから、そう名付けられたらしい。
ベュー・ルガテカーにも似たような生命体がいたと言う。それらは目頭よりも小さく、ミミズやメメズと呼ばれていたそうだ。土を豊かにしてくれる生物だったと言うが、ここの目頭はどちらかと言えば、害の方が目立っていた。
目頭の体の大きさは直径40~60センチメートルになり、長さはその数倍になった。口から特殊な粘液を出し、岩盤でさえ噛み砕いて移動した。
昔は何かの用途に利用されていたそうだが、それを覚えている者はもうおらず、文献にも残されていなかった。
目頭でもチァーラの硬質化した根は噛み千切れず、チァーラの森が拡大するにつれ、サヘー島の地下を避けるように生息範囲が変わった。
腹を空かせた目頭を地の底で捕獲し誘導することで、ポルポは好きな場所に穴を掘らせることが出来た。それを利用して街までの最短距離の、いわゆるポルポ便のための道を作っていたのだ。
トスポバーの奥にあった、その特別な場所に案内された4人は、壁に2つ並んでいる穴を見下ろした。カーネルシアを除く3人の顔から、生気が見る間に消えていく。
「いや、冗談ですよね? カーネルシア。正規の道を行きましょう。多少時間はかかるでしょうが、間違いなくこの道よりは安全ですから」
ルク・ミィアが事情をのみ込めていないように、空回りした笑顔を見せた。
穴は妙な粘液で包まれており、4つん這いになって通れるほど大きくはなかった。
「早いほうがいいだろう? 大丈夫だ」
カーネルシアはそう言うと、ポルポ便で利用されていた紐を両手で伸ばした。
「何が、大丈夫なんだ?」
カズラが耳を完全に寝かせ、上ずった声を出して後退する。
「お代はもうもらったのね」
ポルポはほくほくな顔をして、穴のそばに立った。
その頭が、穴の形状に合うように長細く変形していく。目を点にしてそれを見ていた3人の体を、カーネルシアが素早く紐で縛り、それぞれを結んでいった。
「!?」
3人は簀巻きのように紐で手足を縛られ、最後にカーネルシアの体に紐が結ばれた。カズラの体から下がる紐の端を、ポルポが口にくわえる。
「ちょっと息を止めるといいのね。足を見ているのね」
ポルポは気軽に忠告すると、穴の中に難なく入っていった。言葉を失っているカズラ達の体が強引に引き倒され、次々に寝転がった形で穴の中に飲み込まれていく。
途端に体中におぞましい感触の粘液がまとわりつき、カズラは恐怖に凍り付きながら、何かに祈る気持ちで目を強く閉じた。




