第4章・25節『おパンツ』
「今から風呂に入るのか?」
カーネルシアに脱衣所へと連れてこられたカズラが、手に持ったままだった体拭きを籠の中へと放り投げた。
「ん゛」
小さい声でうなずいたカーネルシアを、ルク・ミィアが横からのぞき込む。
「……カーネルシアの匂い、女の子でもないですよね」
カーネルシアは返事をせずに、汚れた瑠璃色のポンチョコートと、その下に着ていた服を脱ぎ始めた。思わず目を逸らしかけたカズラだったが、カーネルシアの着ている服に目が引きとめられた。
「お前、服も買ってもらったのか?」
森で見ていた時の破れた物ではなく、同じ地味な色ではあったが、普通の服を着ている。
ルク・ミィアもカーネルシアに合わせるように服を脱ぎ、籠の中に体拭きと共に服をたたんで置いた。
「いやですねぇ、誰に何をもらったのか根掘り葉掘り聞く方は」
ひとり気持ち良く毒を吐いたルク・ミィアをにらみながら、カズラも服を脱ぎ始める。
紺色の風防服と灰色の半袖を脱いだところで、カズラの手が止められた。
「!?」
その下に肌着を着ていたはずだったが、露わになったのはカズラの消し炭色の上半身だった。
「それなりに鍛えていらっしゃるんですね」
カズラの腕と腹の筋肉を見て、ルク・ミィアが白い目でぼやく。
カズラはそのまま、自分のカーキ色のカーゴパンツを引っ張り、視線を中へと落とした。
「あ゛!?」
絶句したカズラの喉が詰まる。中をのぞいたまま固まっているカズラを見て、ルク・ミィアが半裸で嫌そうな声を出した。
「なんです? おパンツの中に漏らしたんですか?」
カーゴパンツの下には、あるはずの物が無かった。
「下着がない!! どうしてだ!!」
カズラの悲鳴に近い叫び声に、ルク・ミィアはげんなりした顔を反対側に傾けた。
「おパンツが家出されたんですか。それはそれは、一大事ですね」
言葉とは裏腹に、抑揚の無い棒読みで、カズラを冷ややかに茶化す。
「違う! 不審者共に取られたんだ! 持ち物も無くなっていたんだぞ!!」
その信じられない状況に、カズラが震えた声を上げる。
ルク・ミィアは更に眉を寄せて不快げにカズラを見た後、ズボンと下着も脱ぎ去り、風呂場の扉を開けながら鼻をならした。
「そんなに価値があるんですか? あなたのおパンツ」
瞬間、ルク・ミィアの脇を何者かが急にすり抜けた。カーネルシアが風呂場から湯気を立てて出て来たのだ。
「!?」
驚いたルク・ミィアがカーネルシアの背中を2度見する前に、カーネルシアは素早い動作で体を拭いて服を着た。そのまま飛ぶように脱衣所を出ていき、後には放心状態になった2人だけが残された。
カズラ達が競争でもしているかの様な速度で風呂に入り、借りた部屋に走り戻った頃には、カーネルシアはラグの足元で猫のように丸まっていた。
しかしその目は閉じておらず、ラグの補修された粗末な靴下の裏を、ただ無表情でじっと観察している。
カズラは濡れたままの髪を体拭きで乾かしながら、カーネルシアの隣に腰を下ろした。ルク・ミィアも肩に体拭きをかけ、長鞄に着替えた下着を詰め込み、その上にコートを置いた。
やけに静まり返った部屋には、ラグの寝息だけが聞こえていた。
「カーネルシアは、無性……なんですか?」
ルク・ミィアが沈黙に負けたように、カーネルシアに問いかけた。
「ん゛」
カーネルシアの小さな返答に、カズラとルク・ミィアが瞳を宙に泳がせた。
サヘロディが古き時代の人々と共に、アーサニカーへと降り立った時、人の数は千人をすこし超える程度だった。サヘロディは力を使い、アーサニカーの環境に合わせて、彼らの遺伝子を調節したと言う。
特に繁殖力を高め、人口増加率を上げようとした。クースフローやドゥルフが人の手によって作られたのも、多産を見越してのことだと言われている。
秘密裏に生まれ出たキメラ種に対し、人々は倫理をもって激しくその存在を議論した。しかし、サヘロディが彼らを守ったお陰で、今ではクースフローとドゥルフの総人口が、人間のそれを超えるまでになっていた。
そんな中、まれに生まれる事があるとは聞いていたが、カズラもルク・ミィアも、実物を見たのはこれが初めてだった。
「無性……」
だから普通とは違う匂いがしていたのかと、カズラは神妙な顔でカーネルシアを見つめた。
「大丈夫ですよ、カーネルシア。私はグレィマやセルデンサロー、サヘー島とあちこち渡り歩いて、色んな方々を見てきていますから。あなたを色眼鏡で見ることはありません」
ルク・ミィアが美味しいところを、すかさず掻っさらっていく。
「俺だってそうだ」
カズラも出遅れながら、むきになってルク・ミィアに張り合う。
人嫌いのカズラが、カーネルシアにだけ親近感を持ったのは、これが原因だったのだろうか。カズラの特異な肌の色と、無性のカーネルシア。どちらも稀で、どちらも輪の外に出される対象だ。
カズラはルク・ミィアより自分の方がカーネルシアに近い存在だと感じ、勝手に口元をほころばせた。
ほの暗い店内では、カーネルシアの乏しい表情から詳しく心情を読み取ることは難しかったが、どことなく意外そうにカズラとルク・ミィアの顔を見ている。
今まで、この様な扱いを受けた事がなかったのかもしれない。
「それよりも、晩御飯はもう召し上がりましたか? カーネルシア。もしまだでしたら、下で一緒に食べましょう。私がご馳走しますので」
これぞ猫なで声だと思えるほどの口調で、ルク・ミィアが優しくカーネルシアを誘った。カズラは半日気を失っていたからか、特に空腹を感じなかったが、カーネルシアに張り付くように共に階下へ向かった。
彼らが部屋を出て行った後、ラグは密かに目を開けると、鞄の中から湿気って波打っている冊子を取り出し、余白につらつらと何かを書き留めた。
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ルク・ミィア達はトスポバーの隅にあったテーブルに着き、腹が膨れそうな料理を数点頼んだ。バーと銘打ってはいるものの、どうも人間が意味するところのそれとは、意味が若干異なるようだ。店内にいた客はすでに帰っており、残るはカズラ達だけだった。
ついてきたカズラを嫌そうな目で見ながら、ルク・ミィアがため息をもらす。
「あなたに奢ると言った覚えはありませんが」
カズラは自分の椅子をカーネルシアに近付け、的外れのルク・ミィアを鼻で笑った。
「腹は減っていない。お前を見張りに来ただけだ」
火花を散らすカズラとルク・ミィアをよそに、カーネルシアが早速届いた皿を持ち、丸のみにして料理を平らげた。
一瞬で空になった皿を、愕然とルク・ミィアが見下ろす。
「ゆ……ゆっくり召し上がって下さいね、カーネルシア。喉が詰まっては大変ですから」
カーネルシアのまぶたがぴくりと開き、ルク・ミィアに別の皿を差し出した。盛られたキノコの炒め物から、良い香りの湯気が立ち上る。
「お優しいですね。では私もいただきますね」
ルク・ミィアが目を細めて笑い、カーネルシアから皿を受け取った。
ほのぼのとしたその隣では、ひとり反吐を出しそうな顔で目を背けるカズラがいた。




