第3章・24節『笑う客』
「あれ、俺……」
1時間ほど眠っていたラグは、まだ熱っぽい額に手をやりながら目を覚ました。続いて、見知らぬ黄緑色の髪をしたクースフローが室内にいる事に気づく。ルク・ミィアはラグに自己紹介をすませると、記念にどうぞと名刺を差し出した。
「ポルポから1室借りた。カーネルシアに礼を言うんだな」
ぼそりとこぼしたカズラが、体拭きを持って部屋の外に向かった。
「どうせまだ熱があるんだろ。俺とカーネルシアは風呂に入ってくる」
カーネルシアは看病に使っていた体拭きと、カズラを交互に見やった。口をぱくぱくと開けて、何かを言いたそうにしている。
ルク・ミィアが扉の近くから長鞄を引き寄せながら、カズラに低い声で尋ねた。
「失礼ですけど、カーネルシアとは一体どういうご関係で?」
「お前に関係あるのか?」
ルク・ミィアの問いを、カズラが不愉快そうに速攻で打ち返す。
ラグが枕元に置いてあった鞄を抱え、心配そうな面持ちでカズラとルク・ミィアのやり取りを見ている。
「カズラとは、今日コワト村の近くの森で出会った。カズラは僕を助けてくれたんだ」
カーネルシアがどことなく嬉しそうな声で言いながら、顔に笑顔を貼り付ける。不自然さはまだ残っていたが、それはそれで様になりつつあった。
ルク・ミィアが呆れたようにまぶたを下げ、ガラスの様に光る薄紫色の虹彩を絞り、瞳孔を細めた。
「そうでしたか。いやに馴れ馴れしくされていたので、長年のお友達だとばかり……。危うく勘違いするところでした」
満載の嫌味を受けて、カズラの心が更に強固な壁を作る。
「営業のくせに、やけに攻撃的だな」
ルク・ミィアは涼しげな顔でカズラの皮肉を受け流すと、首を傾げてほほ笑んだ。
「私、可能性を感じない方に無駄な営業はしない性質なんです」
しかし最後までその挑発を聞かないまま、カズラはカーネルシアの腕を引き、慌ただしく部屋を後にした。
「は!? 私も入ります! お風呂!!」
即行2人を追いかけ、ルク・ミィアが部屋から走って出ていく。
完全に放置されたラグが、狭い部屋にぽつんと取り残される。やがて再び視界が歪み出し、倒れるようにラグの体が寝床に転がった。頭の中がぐるぐると回り、意識がどこかに遠のいていく。
起きた時には、皆居なくなっているのではと軽い恐怖におののきながら、ラグはまた深い眠りに落ちていった。
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「どうしてお前が入ってくる!」
宿と同じ粗野な岩壁を持つ脱衣所で、服を脱ごうとしていたカズラが声を荒げた。ルク・ミィアが電光石火の速さでポルポから体拭きを借り、薄いベージュのコートを脱ぎながら脱衣所に入ってきたのだ。
「お背中お流ししますよ、カーネルシア」
カズラの存在そのものを無視しながら、ルク・ミィアがカズラとカーネルシアの間に割り込む。カーネルシアのどこに金があると踏み、しつこくまとわり付いて来るのか、カズラには理解できなかった。
不安定な長椅子の上に、タケウツギで作られた網籠がいくつか並べられている。どの籠にも衣類がないところを見るに、風呂場には誰も入っていないようだ。
「僕はまだ洗う必要はないんだ」
カーネルシアは誰に言うでもなくそう言うと、くるりと背を向け、脱衣所から出て行った。
「は? 待ってください、カーネルシア!」
ルク・ミィアが再びコートを着直し、カーネルシアの後をばたばたと追いかける。
カズラは騒がしさに一瞬呆けて出遅れたが、尻に火がついたように急いで2人の後に続いた。
カーネルシアはラグの寝ている部屋には戻らず、そのまま階下へと走っていった。カウンターで客の相手をしていたポルポが、開いているのかよく分からない目をカーネルシアに向ける。
「まだ風呂に入ってないのね? くちゃいのね」
カーネルシアを追いかけて来たルク・ミィアとカズラが、階段下で立ち止まったカーネルシアにぶつかりそうになり、両壁際へ体を退避させた。
「僕、くちゃいのか?」
汚れた瑠璃色のポンチョコートに鼻を近づけ、カーネルシアが匂いを嗅ぎながらつぶやいた。
カーネルシアに顔を近づけたルク・ミィアが、鼻をならして匂いを確かめる。
「全然臭くないですよ? それどころか、とてもいい匂いがしますが」
媚びているルク・ミィアのコートの襟首を後ろから引っ張り、カズラがカーネルシアからルク・ミィアを強引に引きはがした。
「カーネルシアに近寄るな」
それをカウンターで眺めていた人間の男が、面白そうに笑い声をあげた。
「あいつら、あんな小汚いガキ追っかけ回してやがる」
ピンク色の長めの髪を振り乱しながら、カウンターのテーブルを叩いて笑い転げている。男の前には、フウセン草の実を発酵させて作られた、黄色い果実酒が入った木製のコップと、ケラ茸の網焼きがあった。
軸がピンクで、傘の部分が白いケラ茸には、程よく焼け目がついており、汁が表面にあふれてきている。焼いて食べると非常に香ばしく美味で、ケラケラと笑い転げるほど陽気になるのが特徴のキノコだった。
「酔っ払いは黙れ」
カズラが凄みを利かせるものの、相手は涙を浮かべ、気持ちよく笑い続けている。その隙に、ルク・ミィアが階上へとカーネルシアを連れて戻った。
またも2人を追いかける側になったカズラが、紫色のしっぽを逆立て始める。
「失礼な方でしたね。カーネルシアは男の子ではありませんよねぇ」
借りた部屋の前で足を止めたカーネルシアに、ルク・ミィアが鈴のような声をかけた。カズラが金を積まれても出したくはならない類のものだ。
「いい加減カーネルシアにつきまとうな!」
カズラは滑り込むようにカーネルシアの手を奪うと、部屋の中に入って扉を閉めようとした。
すかさずルク・ミィアが足を挟み、強引に扉を開けて中に入ってくる。
「カーネルシアとは何の関係もないんでしょう、あなた」
カズラはここまで図太く、忌々しい相手に会った事がなかった。
「だから何だ。お前こそカーネルシアとは何の関係もないだろうが」
初めて手に入れた安全地帯を、土足で踏み荒らされているようで、カズラはルク・ミィアに強い拒否感を覚えた。
「は? カーネルシアは私を2度も……いえ、正しくは3度も助けてくれたんです。ねぇ、カーネルシア? この絆と友情を記念して差し上げた瑠璃色のポンチョコートは、お気に召していただけましたか?」
棒茸の弱い明りが、カーネルシアの穴のような丸い目を、さらに不気味に照らし出す。ルク・ミィアの背中から見え隠れする長毛のしっぽを眺めていたカーネルシアは、その質問に答える代わりに口角をじわじわと持ち上げた。
それを見ていたカズラが、増幅する怒りを抑えるように唇を引き伸ばした。
「カーネルシア、騙されるな。情に訴えて、後で高額のハリヌ器を売りつける算段だ」
狭い部屋で続く口論の下で、ラグが苦しそうにうなされながら寝返りを打った。
「ラグを休ませてあげよう」
カーネルシアはラグに気付いてそう言うと、体拭きを肩にかけ、ルク・ミィアとカズラの手を持って部屋の外に連れ出した。




