第3章・23節『サヘロディの神炎』
巨大な構造体であるクロバシラを利用して、サヘー島では毎日ラジオ放送が行われていた。チァーラの栽培に関わる天気情報や、集荷状況などの情報番組が主な内容だ。
そんな放送でも、他に娯楽らしきものが存在していない島では人気だった。そこでの臨時放送となると、どれだけの者がその放送を聞いたことだろうか。
「コワト村の窃盗事件に関わっている可能性がある、重要参考人だと聞きましたけど」
「俺は巻き込まれただけだ!」
カーネルシアが身構えたカズラの手を取り、その緊張をほぐしたいのか、むにむにと揉み回す。
一瞬で張り詰めた空気を和らげるように、ルク・ミィアがくだけた口調に変わった。
「大丈夫ですよ、私は疑っていませんから。もしあなたが犯人の一味なら、こんな場所でのんびりしていないでしょう?」
その言葉に、逆にカズラの嫌な予感がつのる。
「どうしてだ。灯台下暗しと言うだろ」
「疑われたいんですか、あなた。私があなたなら、その目立つ肌の色で、堂々と行動しないと思ったまでの話です。それに、カーネルシアが悪いことを企んでいる方だとは思えませんし」
カズラのちりちりと膨れていくしっぽを見ながら、カーネルシアが唇を波打つように動かした。ルク・ミィアの刺さりそうなほど鋭い目線が、カズラの心を逆なでしていく。
「でも、ゴンゾー街で不審者と共に逃走したのは、不味かったんじゃないですか? 自分から疑ってくださいと言っているようなものですよ」
「重要参考人って、どういう意味だ?」
カーネルシアがカズラの前に回り込んで、ルク・ミィアをすぐ際から見上げた。ルク・ミィアが腰を曲げ、カーネルシアに目線を合わせて優しく答える。
「事件の重要な情報を知っている可能性のある人のことですよ」
ルク・ミィアが再び、カズラに隙のない視線を戻す。疑ってはいないと言いながらも、それが本当に正しい判断なのか迷っている様にも見える。
カズラがここで敵意をむき出しにすることは、自らの手で首を絞めることに他ならない。ルク・ミィアへの嫌悪感を抑えながら、カズラは気乗りしない様子で弁明を始めた。
「……コワト村の騒動から記憶がない。気づいた時にはゴンゾー街の藪で倒れていた。そこで熱を出して寝ている奴は、その時近くにいた通行人だ」
寝ているラグを苦い顔で見ながら、カズラが一旦言葉を切った。
「地下に通じる穴からミチアキモラの男が出てきて、治安維持部隊に追われていた仲間と一緒に逃げて行った。男は他の奴らにサヘロディと呼ばれていた」
カズラはそう言うと、ルク・ミィアの薄紫色の目を強く見据えた。まるで、その真偽を問いかけているように。
「サヘロディ?」
カズラの説明に、ルク・ミィアが眉をひそめた。
「もしかして……サヘロディの神炎という、奇妙な団体と関係があるんじゃないですか? それ。神の炎と書くらしいですが、サヘロディは神と同義ですから、神の神炎と言うのも変な名前ですよね」
ランデル・ハリヌ器の営業で、ルク・ミィアはサヘー島はもとより、セルデンサローでも広く営業を行っていた。
セルデンサロー治安維持部隊、別名セルデンの盾。教王護衛用のハリヌ器を売り込むため、彼らのもとに何度か足を運んでいる内に、その噂を聞いたのだと言う。
「サヘロディの生まれ変わりだと言う男が、信者を集めているそうなんです。その男をゴンゾー街で見たと言うんですか?」
カーネルシアは事件に興味がないのか、寝苦しそうなラグの額や首元に体拭きを当て、看病し始めた。看病と言うより、体拭きの端でくすぐっているようにも見える。
「同一人物かは知らない。ゴンゾー街にいた男は、俺達を共犯にしたてて治安維持部隊から逃げた。だから俺達も逃げた」
「囮……ですか」
ルク・ミィアのつぶやきが、岩壁で静かに跳ね返った。
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ゴンゾー街の東で発見された地下通路に対し、治安維持部隊にいる小柄な者を集めて捜索が行われた。治安維持部隊に15名だけ所属しているクースフローの中で、ゴンゾー街に勤務している者達だ。
不審者の一部はゴンゾー街で窃盗を働いており、逃走者は目撃証言からミチアキモラが5人、カズラ・シーファーだと思われるクースフロー、そして瑠璃色の外套を着た人間1人だと判明していた。
通路は地中で数多く分岐しており、不審者たちの匂いも方々に分散していた。そのため、現場の判断で装備を整えるまで、捜索は延期となっていた。
3階の委員長室で、メロウティアは明日の予定を確認しながら、庁舎前の食堂に頼んでいた簡単な弁当を食べていた。ポルポ便で信書が届いたのは、時計の針が19時45分を指した頃だった。
部屋に入ってきた秘書のマエルーが、深刻な顔でそれをメロウティアに手渡す。
「治安維持部隊の隊長にも届いています。どうやらグレィマへの定期輸送船が襲われたようです」
マエルーの言葉を聞いたメロウティアは、持っていた箸を落とし立ち上がった。
「まさか……! チァーラの実は!?」
マエルーが暗い顔で首を横に振る。
脱力したように、椅子の上へとメロウティアが尻を落とした。
信書には、グレィマに輸出されるはずだったチァーラの実、95箱が行方不明と書いてあった。




