第3章・22節『鉢合わせ』
「おい!?」
目の前で急に倒れたラグを見て、カズラが耳を寝かせ身構えた。ラグは赤い顔をして、気を失っている様子だった。
片膝をつき、ラグの首筋に消し炭色の手を伸ばす。ぼやけてはいるが脈はあり、体温が平熱より高いように感じた。
「少し熱がある……もう風邪を引いたのか」
カズラは立ち上がって両腕を組むと、うつ伏せで通路に倒れているラグを見下ろした。
ポルポを呼んで、このままカーネルシアと立ち去れば、面倒なことが1つ減る。
その考えに口をにやりと歪め、階下へ行こうと振り返ったカズラをカーネルシアが止めた。
「ラグが倒れているだろう? 介抱が必要だぞ?」
心を見透かされたようで、カズラが気まずそうに再び耳を後ろに向ける。
治安維持部隊から意味なく逃げた割に、会って間もないミチアキモラを助ける正義感は持ち合わせているらしい。いや、身分証明書が無い以上、隊員から逃げる動機は確かにカーネルシアにはあった訳だが。
目論見が外れたカズラは、カーネルシアが持っていた残りのスズモロの実をもらい受け、ポルポから渋々宿を借りた。
狭い部屋には、寝床と丸椅子がひとつずつ隅にあるだけだ。
何かで削られたような跡を残す、冷ややかで暗い色の岩の部屋には、装飾品はおろか敷物すらなかった。部屋の端には棒茸が生えた袋が立てかけてあり、その弱い光だけが唯一の光源だった。袋の近くには、湿気を取るためか小さなブヨ袋がいくつか置かれている。
カズラはラグを粗末な木の寝床に寝かせ、苦い表情で様子を見守る振りをした。不愛想に両腕を組み、座っている丸椅子を壁まで離している。ラグの足元に尻を下したカーネルシアが、そんなカズラに声を掛けた。
「カズラもラグが心配だろう?」
「どんな奴か分からないのに、心配するだけ無駄だ」
これまで誰かに心配などされて来なかったカズラが、慈悲の欠片もなく吐き捨てる。
カーネルシアはふと階下に気を取られたように視線を動かしたが、すぐにカズラに向かい、同じように体の前で両腕を組んだ。
「カズラは僕を心配してくれただろう。どうしてラグにもそうしないんだ?」
とがめられたカズラは、本心を言う代わりにしっぽで椅子を数回叩いた。
「しっぽが痛む。そんな事をしては駄目だ」
カーネルシアが素早く横にしゃがみ込み、カズラのしっぽを撫で始めた。
「!? カーネルシア、何度も言ったはずだ! 俺のしっぽに触るな!」
カズラはくすぐったそうにしっぽを引っ込め、丸椅子から立ち上がろうとした。不意に入り口の扉に異変を感じ、ぎょっとして視線を投げた。
そこには黄緑色の長い髪をしたクースフローが、驚いた顔で部屋の中をのぞき込んでいる姿があった。
「カーネルシア?」
カズラが耳をぴくりと動かし、その呼びかけに素早く立ち上がった。不安と奇妙な痛みが、一瞬カズラの胸をざわつかせる。当のカーネルシアは、ゆっくりクースフローに目を向けると、黙ったままじっとその顔を見つめた。
「カーネルシアじゃないですか、聞き覚えのある声だと思いました! 私、ルク・ミィアですよ。こんなに早く再会出来るとは思いもしませんでした!」
クースフロー、ルク・ミィアは嬉しそうにそう言うと、ずけずけと部屋の中に入り、カーネルシアの手を握りしめた。
「何だ、お前は。カーネルシアと何の関係がある」
カズラがカーネルシアの保護者のように、ルク・ミィアとカーネルシアの間に体を割り込ませ、威嚇する様ににらみ付けた。
「おや、失礼しました。私はグレィマに本社のあるアーモ・ハリヌ社で、ランデル・ハリヌ器の営業をしている者です。カーネルシアとはゴンゾー街に着くまで、6時間ほどご一緒させていただいた経緯がありまして……。もしや、カーネルシアがおっしゃっていた紫のにゃんにゃんとは、あなたの事ですか?」
ルク・ミィアは声のトーンを1段落とすと、カズラの髪と瞳の色を見て意外そうに言った。
これがカーネルシアに外套を買った、やさしいにゃんにゃんとやらの正体かと、カズラは目を針のように細くして思った。
「ハリヌ器の営業か。俺達に金はない。他を当たれ」
自分より背の高いルク・ミィアに、カズラが負けじと鼻をならす。
「営業目的で話しかけた訳ではないですよ。そんな事より、聞いてください! カーネルシア! 私、死にそうな思いをしてここまでやって来たんです!」
入り口付近に担いでいた長鞄を置き、ルク・ミィアが耳を下げてカーネルシアに訴えた。そして、自身がどんな災難に遭ってきたのかを、寝ているラグを無視して熱く語り始めた。
ルク・ミィアがグレィマ行きの定期輸送船に乗り、16時にサヘー島を出港した後にそれは起きた。
ゴンゾー街から南東40キロメートルほどの場所に、ヤマト島と呼ばれる小島があった。その島の脇を通過する際、船が正体不明の賊に襲われ難破したと言うのだ。
ヤマト島まで賊の小型船に乗せられ、後ろ手に縄をかけられたまま、小さな浜辺に放り出された。他に乗船していた客や乗組員も、ルク・ミィア同様縄で縛られていたらしい。砂浜に放置されたルク・ミィア達のもとに、その後、賊が戻ってくることはなかった。
しばらくした後、その浜辺に夜釣りをしに来たと言うミチアキモラに発見され、ルク・ミィア達は自由を取り戻した。海に浮かぶ定期輸送船が見える位置まで海岸を移動したものの、船の操舵室からは煙が出ており、積み荷ももぬけの殻になっていた。連絡手段もなかったことから、ルク・ミィアが伝達役を買い、ヤマト島にあった地下通路へと移動した。
そして事件の通報と本社に連絡を入れるため、ヤマト島の最寄りの集落だと言われたチョスポに向かった。
つまり、カズラ達がラグに案内されて来た、この場所に、である。
ゴンゾー街から南東に曲がった半島の地下にチョスポはあったのだが、ここにたどり着くまで、ルク・ミィアは生きた心地がしなかった。
ヤマト島とチョスポの間は約25キロ離れており、ほぼ平坦なトロッコレールが敷かれていた。ミチアキモラが乗ってきた軌道自転車を使い、チョスポまでの道のりを紙片に書き留めてもらった。
持っていた実演用のハリヌ器に、蒸気噴射推進用の装置を取り付け、軌道自転車の速度をブーストして道を急いだ。水の補給は、レールの両脇に生えていたブヨ袋で賄った。
「チョスポであれば、ポルポ便が使えると聞きましたから。大きなブヨ袋が全然生えていなくて、水を補給するのに苦労しましたよ」
カズラは、ルク・ミィアの艶のある長い髪や、質のいい服装を冷めた目で見た。サヘー島のゴンゾー街などと言う田舎の紛い物ではなく、いわゆる本物の都会からやって来た者だと言う訳だ。
「大変だったな、ルク・ミィア」
カーネルシアはそろそろとルク・ミィアに近づくと、手を思い切り伸ばし、ルク・ミィアの眉近くで切りそろえてある前髪をそっとなでた。
またしても、カズラの胸の奥に燻った物が広がる。
「ふふッ、カーネルシアはお優しいですねぇ。私のことは、特別にるくちゃんとお呼びいただいても構いませんよ。……時に」
ルク・ミィアが、何かを含めた視線をカズラに送った。
「失礼ですが、あなたの名はカズラ・シーファーさんじゃないですか?」
カズラは眉間にしわを寄せ、警戒心を極限まで高めた。カーネルシアがカズラとは裏腹に、のんびりした抑揚のない声をルク・ミィアに返す。
「ん゛、その通りだ。こっちで寝ているのはラグだ。カズラ、このにゃんにゃんはルク・ミィアだ。みんな、いいにゃんにゃんだからな。仲良くするんだよ」
勝手に紹介を始めたカーネルシアが、最後の語尾を吊り上げて言い終えた。
ルク・ミィアに対し、カズラがこれ以上ないほどの不信と不快感を顔に張り付ける。カーネルシアにとっての【いいにゃんにゃん】は、カズラだけで十分なのだ。
「仲良くする必要はない。どうして初対面のお前が俺の名を知っている」
ルク・ミィアはカズラに真顔を向け、静かに呟いた。
「あなたの情報、サヘーラジオの臨時放送で聞いたんです」




