第3章・20節『トスポバー』
ラグの言う通り、それから30分ほど進んだところで、酷く入り組んだ地下の集落へとたどり着いた。通路は波打ち、上下左右に枝分かれして、まるで立体迷路のようだ。
背が低いミチアキモラの集落の割に、天井までは180センチメートル程度の高さがある。幅も2人が並べる程度には広かった。
天井からは、15センチほどの手のような形の物が垂れ下がっている。それらはネバテと呼ばれており、下を通過する生物に胞子をつけ、他の場所へと運搬させているキノコの一種だった。
耳にねばねばしたネバテが当たり、カズラが気味悪そうに頭をよけて耳を振る。胞子をつけるどころか、逆に毛が持っていかれそうだ。ネバテは水色に発光し、反動でぶらぶらと揺れた。
ネバテの他にも、あちこちに光る棒茸が生えているお陰で、地下とはいえ、弱くも柔らかで暖かな光に満ちていた。
通路の脇には、家の玄関とおぼしき木製の扉がいくつもあり、時折ミチアキモラが出入りしていた。地上からの客を見慣れていないのか、それともカズラの肌の色が原因なのか、出合頭に穴が開くほど凝視される。
カズラの後ろを歩くカーネルシアが、逆にしげしげと彼らを見返していく。先頭のラグは、何かを探しているのか交差点ごとに立ち止まり、時折大きくくしゃみをした。
やがてカズラ達は、ひと際大きな広場に出た。カズラが求めていた解放感にはまだ遠かったが、広場の天井は天然の亀裂を利用しており、ちょっとした吹き抜けのようになっていた。
広場の中心には丸く土が盛られており、キノコ栽培のための榾木が高く組まれていた。非常に軽いため、カル木と安易に名付けられたそれに、多数のヒエキノコが生えている。
ヒエキノコは高さが40センチメートルほどになり、直径20センチになる灰色の軸が好んで食べられていた。名の通り軸の中が非常に冷たく、昔はこの中に肉などを詰めて保存したと言われている。
目当ての場所が見つかったらしく、深い茶色の扉の前でラグが手招きした。扉の上部には、汚い横文字でトスポバーとだけあり、扉にはガラスの無い丸い穴が開けられていた。
「ここなら多分、風呂が借りられるはずだ。体を温めた方がいいだろ?」
ラグはそう言いながら、もう一度くしゃみをして中に入っていった。
無一文になっていたカズラは、一抹の不安を感じ、扉の前で足を止めた。
「カズラ、入らないのか?」
カズラの体の後ろから、カーネルシアが顔だけを見せて扉を眺める。
「こういう場所は金が要るんだぞ……。今は手持ちが1エンもない」
カズラがそう言い終わる前に、中からラグが含みのある笑顔を出してきた。
「ここ、俺がおごるから」
人に借りを作るのは、ろくな事にならない。そう思いながらも、ここでカーネルシアが風邪を引いては、更に厄介な事になる。苦い顔をしたカズラは、カーネルシアと共に黙ってラグの後に続いた。
トスポバーの中には丸テーブルがいくつかあり、奥には木でできた質素なカウンターがあった。人間とドゥルフがそこで丸椅子に座り、こちらに背を向けて談笑している。上に続く階段の壁には、白い塗料で宿とだけ書かれてあった。
天井からいくつか下げられている小洒落た苔玉に、発光しているキノコが下向きで生えている。豪勢ではないものの、あまり安そうな店にも思えないのが、カズラの不安をあおった。
ラグはカズラに構うことなく、トスポバーのカウンターへと歩いて行き、中の奇妙な生き物に話しかけようとした。
そこには、30センチメートルほどの丸い顔に、10センチメートルの大きな目玉が並んで2個ついている、世間ではポルポと呼ばれている生物がいた。ミチアキモラとは共生している間柄で、チァーラの皮の匂いを避けることから、サヘー島の内陸部で見かけることはなかった。
目玉はまるで取ってつけたかのように外に出ており、線が横に一周ついているだけで、寝ているのか起きているのかさえ分からない。棒のような小さい口が、顔の真ん中で真一文字に結ばれている。体も丸っこく、品の良い灰色ががった水色で、妙に滑らかな艶があった。
身長は50センチメートルと言ったところだろうか。頬から左右に伸びているのは、先で円を描いて丸まっている細いひげ状の触手だ。小さな体の下部には、申し訳程度に細く黒い手足が4本生えていた。
近づいて来たラグに、台の上に乗っていたポルポがゆっくり口を開いた。
「なにね」
ポルポは非常に温和だとは聞いているが、口調からはそんな雰囲気を感じない。
丸椅子に座っていた人間が顔を向け、入り口のカズラをじろじろと品定めしている。カズラが相手を見返そうとするよりも先に、カーネルシアが人間の目の前に立ち、屈みこむようにして人間を眺め返した。




