第3章・17節『海の下』
古き時代の人々が元いた星は、ベュー・ルガテカーと呼ばれた。星を覆うほどの大きな戦争が起き、国が侵略者の手によって滅びようとした時、突如サヘロディが現れた。
人々はサヘロディに導かれ、アーサニカーへとやって来た。サヘロディは黒い髪と茶色の目をもっており、それは古き時代の人々と同じ特徴だったと言う。
人々が新しい星で生き延びられるよう、サヘロディは長きに渡り手を貸してくれていた。その力は、まさしく神と呼ぶに相応しいものだったと言われている。
しかし【キーイーらィ】という集団がサヘロディの技術を乱用し、致死性の極めて高いカビ菌を作り、野に放った。当時の人口の半分が、そのカビで死に絶えてしまったと記録されている。
その事件は、後に【キーイーらィの呪い】と呼ばれた。神の力があるにも関わらず、サヘロディは人々を守ることがなかった。それどころか、キーイーらィの者たちを匿い、隠れて逃がした。
サヘロディは人々から激しく糾弾され、その後行方をくらましてしまった。それから300年近く過ぎたが、これまでに誰一人としてサヘロディの姿を見たと言う者はいないのである。
「あれは単なる作り話だ」
カズラは独り言のように呟いた。視線を落としたラグは、鞄のショルダーベルトを手の関節が白くなるほど握りしめた。
カーネルシアと自分の今後をどうするか、カズラは沈黙の中で思考を巡らせていた。今まで土に汚れて気がつかなかったが、よく見るとカーネルシアの外套が森で見たものと違っている。
「その外套はどうした」
カズラは答えの出ない問題から気をそらし、カーネルシアに声をかけた。カーネルシアはちらりとカズラを見ると、その口をじわじわ曲げて笑った。ラグも、つられてカーネルシアのポンチョコートをのぞき込む。手触りが良さそうな、派手な色の外套だ。
「やさしいにゃんにゃんがくれたんだ」
カーネルシアの言葉に、カズラは不快指数を突破させてしっぽをぶんと振った。まるで、ひいきにしていた猫が、別の人間に媚を売ったような気分だ。
ポンチョコートの裾は、元の色が見えないほど黒々と汚れていたが、カーネルシアは特に気にも留めていない様子だ。わざわざカーネルシアに外套を贈呈した物好きの誰かは、これを見たら卒倒するだろうとカズラは思った。
「ここ、前にも来たことがある!」
突然、ラグが通路の先を見て声をあげた。そこはこれまでより広く開けており、棒茸の群生で本が読めるほどの明るさになっていた。カズラとカーネルシアは、走って行ったラグに続くように通路を進んだ。
開けた場所の地面には、2本の錆びたレールが、古びた枕木の上に敷かれていた。壁には案内用の木板がはめ込んであり、ゴンゾーという文字だけが、かろうじて読めた。
「何だ、ここにつながっていたのか。これ、昔のトロッコ線なんだ」
ラグは懐かしそうにレールを見て言ったが、直ぐに真顔に戻って首をかしげた。
「という事は……ここは海の下」
「海の下? 森に向かっていないのか」
カズラが案内板を見て、失望したように嘆いた。通路が森のどこかへ出たとしても、状況が良くなる訳ではなかったが。
ゴンゾー街の治安維持部隊から逃げおおせ、コワト村にたどり着いたとしても、結局目立つ肌の色では、すぐにコワト村の者だと足がつく。
カーネルシアは我関せずで、くすんだレールを間近で眺めている。空腹で死にそうな声を出していた割に、今はそんな様子を微塵も感じさせない。それも優しいにゃんにゃんとやらが満たしてくれたのかと、カズラは内心毒を吐いた。
「地下には、いたる所に俺たちミチアキモラの集落がある。俺は随分前に地上へ出た身だが、よければ先を案内しようか?」
形勢を逆転したと言わんばかりに、ラグがすまし顔でしゃしゃり出た。
「断る」
間髪入れずにカズラが即答する。圧迫感と閉塞感で息がつまりそうになるこの場所から、今すぐにでも地上に出たかった。治安維持部隊に追われるような何かをしでかした連中と、地下でまた会う可能性もあるのだ。
昔話の神の名を語る男ともだ。そんなものに関わって、ろくな事になる訳がない。
(触らぬ神に祟りなし、だ)
カズラは石橋を叩きつくしてひびを入れ、渡らないことで身を守る、疑心暗鬼の塊の嫌らしいクースフローだった。




