第2章・15節『ラグ』
サヘー特別保護法では、地中を無許可で掘削する事は禁じられていた。先ほどの不審者が、この地下通路を掘った張本人であるのなら、コワト村の穴を掘ることに加担していたとは考えられないだろうか。
地中で方角が分かるミチアキモラならば、目的地に向かって掘削することは容易い。チァーラの森の外で火を起こそうとしていたドゥルフとも、何かしら手を組んでいた可能性もある。
その者達がカズラに発見されることを恐れ、暗がりからカズラを襲い、気絶させたのかもしれない。深刻な顔をしているカズラとは裏腹に、青年は鞄から冊子を取り出し、何かをせわしなく書き留め始めた。
それを見たカズラが、訝しそうに眉をひそめた。
「お前、名は何ていう」
青年は自身の名を聞かれたことに気づき、紙巻き鉛筆を止めて顔を上げた。
「俺か? ……ラグだ」
ミチアキモラの特徴である黒色の爪は、穴が掘りやすいように先が細くなっており、内側にゆるくカーブしていた。ラグの爪はそれより短く、一見しただけでは少し爪を伸ばした人間のようだ。
その手はカズラ達と同じ程度の土しかついておらず、穴を掘って汚れたようには見えない。それに、不審者の仲間であるのなら、あの男も名指しで命令していたのではないか。
「ラグか。いい名だな」
カズラの後方にいつの間にかしゃがみ込み、しっぽを凝視していたカーネルシアが褒めた。ラグが照れ笑いを浮かべ、紙巻き鉛筆の尻で頭を掻く。
(誰にでも世辞を言うのか)
カズラは、不愉快そうにしっぽをカーネルシアの前から遠ざけ、自分の体に巻き付けた。
「俺を連れて行ったドゥルフは、どんな奴だった? 森で見た奴と同じか?」
面倒事はごめんだったが、自分の置かれた立場を確認する必要もある。カーネルシアを横目で見下ろしながら、様々に入り乱れた感情を抑えるように、カズラが低い声でつぶやいた。
「ん゛。わんわんより、にゃんにゃんの方がやっぱりいいしっぽだな。にゃんにゃんの方がニゃんニゃんだ」
カーネルシアはカズラの懸念より、しっぽの方が重要らしい。その手が、しきりに自分から離れようとするカズラのしっぽを追いかける。
カズラはカーネルシアが繰り返した言葉の意味が理解できず、呆れたように頭を数回横に振った。
森で見たドゥルフが自分を連れて行ったのなら、やはり、カズラの推測通りと言う訳だ。
「お前は身分証明書を持っているんだろ。上に戻って、巻き込まれただけだと事情を説明してきたらどうだ」
ラグという名の部外者に一瞥をくれ、カズラは感情を露骨に声ににじませた。
カズラの言うことも最もだった。ラグは鞄のショルダーベルトを胸の高さで握ると、固唾をのんで口を開いた。
「俺は……」
だが、遠くから届いた音を聞き取り、何かを言いかけていた唇が動きを変えた。
「誰かがこっちに向かって来てる!」
この通路の大きさでは、クースフローよりも大柄な大人のドゥルフが進めるとは思えなかった。しかし、治安維持部隊の中でも、小柄な隊員がいる可能性は十分あり得る。
カズラとラグは、その場から離れようと奥の通路に目を向けた。それは左右に分かれており、どちらも先がどうなっているのか暗すぎて見えなかった。
「……このまま逃げていたら余計に疑われる」
カズラはそう言って意を決し、踵を返そうとした。だが、カーネルシアの手が恐ろしく強い力で、カズラを右の通路へと押し込んだ。
「押すな!」
カズラの抵抗もむなしく、ラグとカーネルシアはカズラを押し続け、ひんやりする通路の奥へと突き進んで行った。
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どれほどの距離を歩いたのか分からなかったが、通路はらせんを描くように地下へと向かっているようだった。
途中に何か所かあった分岐を気にも留めず、カーネルシアはカズラの背を押して、前に進ませ続けた。ラグが、最後尾から不安そうに声をかける。
「もう追われてないみたいだが、まだ進むのか?」
「どうして俺達についてくる。お前は部外者だ」
カズラは自分を押していた手がなくなった事に気づき、足を止めて暗い穴の中を振り返った。カーネルシアは何かを考えているように止まったまま、無言でどこかの宙を見つめている。
「俺も少し訳があって、今、治安維持部隊に取り調べられるのは、ちょっと困るんだ」
その弱々しいラグの言葉に、カズラは両腕を組んで目を細めた。
「どういう訳だ」
通路の先から、ゆるやかに空気の流れを感じる。曲がりくねって進んで来たせいで、サヘー島のどこら辺にいるのか全く分からなかったが、通路はまだ続いているようだ。棒茸の弱い明かりに照らされたラグは、言いにくそうに言葉を濁した。
「個人的な事情だ。説明は勘弁してくれ」
カズラは更に説明を求めようとしたが、自分もラグを追求できる立場にない事を思い出し、その口を渋々つぐんだ。
カズラの身分は、時間をかければ証明できる。だが、窃盗犯のドゥルフが、カズラをゴンゾー街へと連れて来た理由が分からなかった。人質にしては、利用もされずに置き去りにされているのだ。




