第2章・14節『消えた装備品』
「ゴンゾー街?」
カズラが絶句して声を詰まらせる。いつ気を失ったのかは分からなかったが、村から30キロメートル以上も移動した事になる。コワト村で放火騒ぎがあった時の事を思い出そうとしたが、記憶に霞がかかっている様にぼやけていた。
「ん゛」
カーネルシアは軽くうなずくと、闇の中で神経質に動くカズラのしっぽを眺め始めた。
「君達は……さっきの奴らの仲間なのか?」
青年が2人の様子を注意深く探るように、恐々聞く。
「ん゛ん゛」
気楽な口調で返したカーネルシアが、頭を横に振った。その唸るような言葉に、青年が神妙な顔つきで目を泳がせた。
カーネルシアの青紫色の髪と瞳が、やけに暗い中で存在を主張している様に感じ、カズラはまじまじとカーネルシアの姿を見つめた。森や村で見た時には感じなかったものだ。
カズラの視線に気づいたカーネルシアが、口を横に広げて上下の歯を合わせた。薄暗い闇の中で、その顔がなおさら不気味に浮かぶ。
笑顔のつもりなのだろうか。
「どうして俺を穴に落とした。治安維持部隊から逃げてどうするつもりだ」
カズラの非難に、カーネルシアは全く動じず笑顔のような表情を作り続けている。
「追いかけられたら逃げるのが一番いいと本に書いてあった。わんわん達はまだここには来ないから、怖がらなくても大丈夫だぞ?」
何が大丈夫なのか、カズラと青年にはまるで分からなかった。治安維持部隊の隊員から、何かの嫌疑をかけられる事態に陥っているのだ。
そして、隊員に追われていたミチアキモラの不審者達。地上に滅多に出てこないと言われる種族が、揃いも揃って4人、いや、目の前にいる青年も入れて5人もいたのだ。
ミチアキモラは基本的に、ミツマタ海の地下で生活している種族だ。サヘー島、グレィマ島、セルデン島の間にある海域が、その形状からミツマタ海と呼ばれていた。交易上の利便性、そして人体に悪影響のあるカビ菌がなぜか発生しない事から、そこを生活の基盤としていた。
ミチアキモラが作られたのは、クースフローとドゥルフが作られた数年後だったと言われている。手で穴が掘りやすいとは言え、それは柔らかな土に限ったことで、地中深くの硬い岩盤などを掘れるわけではない。
なぜそんな中途半端な種族を作ったのかは、始祖であるミチアキ・ヨコギその人にしか分からないのだが、多分に地下でも生活できる人間を作りたかったのだろう。筋力は少なく、基本的には臆病な性格であることから、地上の者達からも脅威と見なされていなかった。
光の刺激に敏感であることから、青年のようにゴーグルを着けてまで、地上に出て生活する個体は稀だった。しかし、不審者達もゴーグルを着けたミチアキモラだった事を考えると、それらの常識には少し訂正が必要かもしれない。
害のなさそうな顔をしているのは、何か良からぬことを企んでいるからではないのか。カズラは警戒しつつ、所持品を確かめようと衣服の装備をあらためた。
しかし、スリングショットの本体が消え、弾などを入れていた袋も、警備班への支給品である機械式の腕時計もなくなっていた。首にかけていた身分証明書のタグ、挙句の果てには靴下すらもだ。
地上に戻って治安維持部隊に見つかれば、カーネルシアと同じ、サヘー島への侵入者とみなされるだろう。村長にゴンゾー街へ来てもらい、身分を証明してもらわなければ、村に帰ることはおろか、島から追い出されてしまう。
コワト村の村長は、カズラの母方の叔母の夫にあたった。妻の姉の家庭環境が、カズラ本人の非ではない肌の色によって亀裂が入ったとは言え、叔母夫婦はカズラをとがめる事はしなかった。村の中で、表向きは小さな良識を持った数少ない者たちだった。
それ故に、手をわずらわせたくなかった。小さな良識が、面倒ごとで消え失せてしまうリスクは避けたい。自分の置かれた状況が、思ったより厄介な事になっていると気づき、カズラは心を曇らせた。
「カーネルシア、コワト村で何があった。記憶が曖昧で、騒ぎの途中から何も思い出せない。俺はどうしてゴンゾーで倒れていた?」
真剣なカズラとは逆に、カーネルシアはカズラの耳に興味を持ったらしく、しきりに背伸びをして耳の中をのぞき込みながら答えた。
「君はわんわんに連れて行かれたんだ。わんわんが街に向かうと言っていたから、僕もここに来た」
微妙にかみ合わないカーネルシアの言葉に、カズラは目を伏せて頭の中を整理しようとした。
村のドゥルフの隊員が、自分を連れてゴンゾーに来る理由はない。何らかの理由ができたのだとしても、タケウツギの藪に放置していくなど、公職に就く者がする事ではない。
カーネルシアが言っているのは、森の警備中に見たドゥルフの事だろうか。それなら、金になりそうな物を奪っていったとしても不思議ではない。
コワト村では、チァーラの実の窃盗犯だと思われる者が、広場に開いた穴の中を移動していた。その音を聞き、地面から外に出てくる場所を突き止めようとして、カズラは村から走って出た。
地面に開けられた穴、それは今カズラ達が通っているような地下通路だったのだろう。窃盗犯はそれを利用して、村の外から姿を見られず、広場の下まで入り込めたのだ。
しかし、通路が開けられる場所は、チァーラの森では非常に狭い範囲に限られた。
樹高よりも深いと言われる主根と、長い側根。網の目のような形態をした根毛、そして幹の表皮も含め、硬質化していたためだ。
それはこの星、アーサニカーにあるどんな技術をもってしても、断ち切ることはおろか、傷ひとつ付けることさえ出来なかったのである。
行く手を阻むように張り巡らされた地下の根を除けながら、通路を掘り進む事は果たして可能だろうか。それは、子供にも分かる簡単な問題だった。
それでカズラは、地下の穴が長距離ではなく、短距離で開けられていると踏み、音を頼りに地上への出口となる穴を探した。




