第2章・11節『繭の存在』
サヘー島の南東側にある、港街ゴンゾー。サヘー保護委員会の初代委員長をつとめ、街を開発したゴンゾー・タカイドが、その名の由来だった。
アーサニカー歴185年に起きたランデル戦争で、最初の国フョーカーサヘーが滅んで以来、この島は単にサヘー島と呼ばれるようになった。
「それで、例の繭だけど、正体の見当はついた?」
ゴンゾーの子孫に当たるメロウティア・タカイドが、机に積み重なった書類を次々と処理しながら、秘書マエルーに口を開いた。29歳で委員長選に当選し、14代目委員長だった父ヨシタカの後を継ぐ形でその座に就任してから、早くも2年が過ぎていた。
サヘー庁舎の3階の窓からは、小さいながらも理路整然としたゴンゾー港が一望できた。街には1,500人にも満たない人々が定住していた。惑星アーサニカーの全人口が最近ようやく200万人を超えた事を考えると、そう少ない数字でもない。
「いえ。サヘー島の植物や、野生動物に精通した者達に見せはしましたが、全員見たことがないと言うばかりで」
クースフローの青年マエルーはそう言うと、コワト村近隣とゴンゾー街の一角で撮られたインスタントカメラの写真を、数枚メロウティアの机に置いた。ふさふさとした鈍い夕焼け色の尻尾と耳は微動だにせず、次のメロウティアの言葉を静かに待っている。
写真の1枚にコワト村駐在所員である眼鏡をかけた隊員が、繭との比較のために端に立って写っていた。黒々とした大きな耳をピンと立て、少し気取ったような目つきをしている。
顔を見る限り、人間やクースフローと見分けがつかないが、ドゥルフの耳は縦に長く鋭い輪郭を持っていた。その隣に、横が90センチ、高さが40センチメートルほどに見える灰色の何かの繭が写されていた。
「ここでは、これ以上の分析は無理ね……。一旦グレィマに送りましょう」
メロウティアはそこで言葉を切ると、電話を引き寄せて取り、下にいる治安維持部隊の隊員に輸送指示を出した。
丁度メロウティアの父が、グレィマの首都で執り行われる恩師の通夜祭に出るため、11時35分に小型の臨時船を出すことになっていた。定期輸送船で繭を送っていたのでは、グレィマに着くのは21時を過ぎてしまう。臨時船に乗せれば、向こうに到着するのは17時だ。うまくいけば、今日中に分析結果を出せるかもしれない。
コワト村ではチァーラの実が、計4,826粒盗まれていた。チァーラの実の大半は、グレィマとセルデンサローが政府調達しており、それぞれの国で販売価格が付けられる。サヘー島での今年の契約価格は例年通り1粒1,000エンだが、末端価格と供給不足を考えると、軽く見てよい量ではない。
5月に入ってから、サヘー島で起き始めた連続放火窃盗事件。コワト村はその3件目に起きた事件だった。他の2件で盗まれた実は500粒前後だったため、窃盗団が味をしめたのだろう。コワト村で発見された繭は、犯人からのメッセージかもしれなかった。
「それと、ドゥルフの連中は?」
メロウティアが写真の隊員の耳を見て思い出す。最近、サヘー島に違法上陸していると見られるドゥルフの未成年者達が、ゴンゾー街で雑貨の窃盗を繰り返しているという情報を得ていた。
逃げ足が速く、まだ誰ひとりとして捕まっていないため、治安維持部隊の同じドゥルフ達も手を焼いていた。
猫と人間のキメラ種であるクースフローより、ドゥルフは人間に親和性を持つよう設計されて作られたと、古い文献には残されている。が、果たして今でも、その性質は残っているだろうかと、メロウティアは思った。
「コワト村の東で、警備の者が放火しようとしているドゥルフを見たようですが、見た本人が行方不明になっています。他の放火犯もドゥルフの連中なんでしょうか」
行方不明という言葉を聞いて、メロウティアが眉を吊り上げ、写真から顔を上げた。
「行方不明? 名は?」
茶色の縁の色付き眼鏡をかけ直したマエルーが、手元にあったメモ帳を開いて、密な書き込みの上に指を滑らせた。
「……カズラ・シーファーです」
顔にかかったアッシュグレーの髪を耳にかけ直しながら、メロウティアがその名を鉛筆で紙片に走り書きした。
マエルーはその毛先を何気なく眺めた後、地味な壁紙に掛けられた手巻き時計を見上げた。まだ昼には早い時間だ。
今回コワト村で短い地下通路が発見されており、通路と出入り口には何人かの足跡も発見されていた。他の2件でも、地下通路が実の窃盗に使用された可能性があり、現在治安維持部隊が調査を行っていた。
メロウティアの実家にも、昔作られた地下通路があった。子供の頃からそこを封じていた扉の前を通るたび、漏れ出ているひんやりとした空気に、言い知れぬ恐怖を感じていたものだった。
そんな地下を、人知れず這いずり回っている者たちがいる。その事実だけでも、メロウティアは寒気を振り払うことが出来なかった。
「放火犯がドゥルフなら、実の窃盗もそうなるわね。でも、ドゥルフがわざわざ地下を掘る? 繭はドゥルフ達と関係があるのかしら」
メロウティアが写真を見終え、ファイルの中にまとめて入れて、付箋にメモを書き込みながら言った。
「さぁ。僕は秘書であって、探偵ではないので」
ファイルを背後のキャビネットに仕舞ったメロウティアに、マエルーが淡々と返した。
2年前にメロウティアの秘書として働くようになったが、サヘー島での窃盗事件で、これほどの実が盗まれた事は初めてだった。今晩眠れる時間は取れるのだろうか。
メロウティアの次の反応を待ちながら、マエルーが燻った夕焼け色のしっぽの先を動かし考えた。




