第7話 地味な計算を馬鹿にした部隊長が、地味な計算に負けました
「ふふっ。あらあら、面白いことになってるわね」
私が魔法省の魔道具課に顔を出すと、ベテラン職員が新人職員を叱っていた。
マリーゴールド公爵家は魔法省を管轄している。
そして、私パンジー・マリーゴールドは魔法省の長官。
研究ばかりしているわけにもいかないので、たまに職場に顔を出すとこれだ。
魔道具課に配属された新人の女性職員が、俯いたまま肩を震わせている。
ベテラン職員はまだ怒鳴り散らしている。
「そんな役立たずの箱が何になる!計算など、人で十分だ!そんな無駄な魔道具を作る暇があるなら、もっと実用的なものを開発しろ!」
新人の女性職員の作ったそれは、確かに地味だった。
1から100までの数字をボタンで入力し、自動で足し算をこなすだけの、小さな箱のような魔道具。
見た目はただの木箱に銅板を貼っただけ。
派手さも華やかさも、魔力の気配すらほとんどない。
「面白いけれど・・・・需要はあるのかしら?」
私は小さく呟きながら、新人の女性職員に近づいた。
彼女はびくりと肩を震わせ、私の顔を見てさらに顔を青くした。
「ま、マリーゴールド長官!」
「ええ、私よ。ちょっとその子を見せてもらっていいかしら」
ベテラン職員が慌てて頭を下げる中、私は新人の女性職員の手からその魔道具を受け取った。
指で軽く触れる。
・・・・なるほど。
魔力の流れが、驚くほど無駄なく整えられている。
計算式を魔力回路に焼き付けただけではなく、誰でもボタンを押せば使えるよう、魔力消費を極限まで抑えている。
これは、ただの計算機じゃない。
積み重ねた時間が詰まっている。
だけど不思議だったのは、どうして作る必要を感じられない計算機を作ったか。
それもこんなにしっかりと・・・・
「よくできているわ。機能はともかく魔道具としては及第点じゃないかしら」
私が誉めると新人の女性職員は、ぱっと嬉しそうな顔をする。
私はそのまま、なぜこれを作ろうと思ったのか聞いてみたが、要領を得ない答えしか返ってこなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
魔法騎士団第3軍。
この部隊は帝都プラチナム防衛の任をもつ。
さらには、周辺の魔物討伐も行う。
「食料の数とかいちいち細かいやつだなぁ。そんなものを数えて何が役に立つんだ?素早く移動して、高火力で魔物を殲滅すればそんなことしなくても良いだろう」
「それはあまりにも危険だ。リスクをしっかり考えないと、いざと言う時、大変だぞ!」
周囲はまた始まったと見ている。
一方の部隊長Eと、もう一方の部隊長Fとでは、まるで考えが違うのだ。
Eは、高火力の魔法使いを揃えて一気に殲滅すればいいと言う。
実際、そのやり方で功績を挙げてきた。
だからこそ、魔法騎士団の主流派もEを支持している。
一方のFは違った。
うまくいかなかった時こそ危険だと考え、補給や退路、天候や消耗まで気にかける。
それもそのはず、彼の率いる部隊は、比較的能力が低く一気に殲滅できない。
だから、細かいことまで考えるんだなとからかわれている。
実際その通りなのだ。
魔法騎士団の中でも、優劣が存在する。
魔法騎士団は、貴族で構成されており、爵位の上下で、さらに差が広がる。
魔力は、爵位の上下に比例しがちなのがプラチナ帝国の特徴だ。
Fの率いる部隊は、男爵位や子爵位の者が多く、能力も低い。
短期決戦に頼れないからこそ、補給と持久戦の組み立てに長けていったのだ。
そうした事情を抱えたFは食料の計算や人を引く馬車の飼い葉等、そういった計算ばかりをするようになってしまった。
F自身は伯爵位を持っている。
そして婚約者もいる。
ところが、その婚約者は最近愛想を尽かし始めていた。
なぜなら、計算や細かいことばかりを気にしていて、派手でもないFを疎ましく思ったから。
そして、功績を挙げるEのほうへ色目を使い始め、ついには婚約まで破棄したのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「調べましたよ、お嬢様」
「あの新人の女性職員、F部隊長に好意を寄せているそうです」
「婚約者に見限られ、部下を守るために細かい計算ばかりしている彼を、ずっと見ていたとか」
「それで少しでも負担を減らそうと、夜を徹してあの魔道具を作ったようです」
「一方でE部隊長は、派手な戦果でちやほやされている、と」
全部、護衛騎士が調べてくれた。
「ベテラン職員の言う通り、確かに地味よ」
私は魔道具を軽く掲げて言った。
「でもね。これ、悪くないわ」
「計算はね、派手じゃない。目立たない。でも、長期戦になったとき、天候が崩れたとき、魔力が思うように出せなくなったとき・・・・一番大事になるのよ」
私はベテラン職員の方を振り返った。
「制作を許可するわ。この子の魔道具、正式に魔道具課のプロジェクトとして認める。名前は・・・・そうね、『簡易演算機』でどうかしら」
後日、私は魔道具課で直接こう宣言した。
ベテラン職員が口をぱくぱくさせる中、私は新人の女性職員の頭を軽く撫でた。
「頑張りなさい。あなたの努力は、きっと彼を助けるわ」
新人職員は顔を赤くして、小さな声で「頑張ります」と答えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数週間後。
魔法騎士団第3軍の遠征。
予定通りなら、E部隊長の率いる主力が華々しく魔物を殲滅するはずだった。
ところが――
突然の大雨。
火属性を主力とするEの部隊は、魔力が散逸し、火力が半減。
魔物たちは思うように倒せず、戦線が膠着した。
「くそっ!なぜだ!いつも通りやれば・・・・!」
Eの部隊は高火力に頼りきっていた分、想定外に弱かった。
火力が半減しただけで陣形は乱れ、部下たちは消耗し、焦りだけが広がっていく。
Eが歯ぎしりする中、Fは慌てなかった。
もともと最悪の事態を前提に準備していたからだ。
「部隊の騎士に告ぐ。長期戦態勢に移行。テントを張れ。補給ルートを再計算する」
部下たちが慌てる中、Fは最近魔道具課が開発したという『簡易演算機』を手に取った。
ボタンを押す。
雨音の中、小さな魔道具が淡々と数字を刻む。
食料の消費量。
馬の飼い葉。
人員の交代時間。
魔力回復薬の必要数。
すべてが、瞬時に、正確に、出力される。
「これがあれば、早く計算できる」
Fの目が、静かに輝いた。
補給を最適化し、休養を適切に挟み、魔物の弱点を突くタイミングを逃さない。
結果――
E部隊は疲弊し、負傷者多数を出した。
対してF部隊は、ほとんど被害なく任務を終えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
後日、帝都の夜会で。
私はグラスを傾けながら、護衛騎士に聞いた。
「どうだった? あの演算機」
「大活躍でしたよ。お嬢様の予想通り」
護衛騎士が苦笑しながら答える。
「E部隊長は・・・・すっかり評判を落としましたね。『派手なだけ』と陰で囁かれているとか」
「そのうえ、F部隊長の婚約者に手を出した件まで表沙汰になって、立場を大きく失ったとか」
「F部隊長の元婚約者は、『私はどうなるのよ!!』と泣いて縋っていたそうで、もう貴族社会ではやっていけないでしょうね」
「まあ、そうなるわよね」
私は小さく肩をすくめた。
「一方、F部隊長の方は?」
「部下たちからの信頼が、以前よりずっと厚くなったそうです。それと、魔道具課のあの新人さんが縁談を申し込んだらしいですよ」
「新しい演算機魔道具を抱えて」
私は静かに微笑んだ。
「魔力はね・・・・どれだけ多く持っているかじゃないの」
「どれだけ、無駄なく、賢く扱えるかよ」
彼女の作った演算機は、まだ小さくて地味。
でも、いずれ。
この帝国の「常識」を、少しずつ、静かに変えていくはずだ。
私はグラスを掲げ、独り言のように呟いた。
「積み重ねた時間と、細やかな気遣い、それが、結局一番強いわね」
あのとき、興味がないと切り捨てていれば、被害はもっと大きくなっていたでしょうね。
細やかな気遣い――それはきっと、私自身にも必要なものなのだ。
私は手にしたグラスを、そっと飲み干した。




