第5話 清らかな幼なじみを選んだ婚約者ですが、本当に必要だったのは捨てられた私でした
「君との婚約を破棄させてくれ。僕に相応しい女性はもっと清らかな、聖女のような人なんだ」
私ウルザは、長年の婚約者からそう告げられた。
「それは、聖女を自称するあの方のことですか?」
「自称などと!嫉妬は見苦しいぞ!!」
「ですが」
「僕の幼なじみはきっと、聖女になる。あれだけ清らかなんだから。君と違ってな」
睨みつけてくる婚約者。
いや、元婚約者か。
私が何をしたって言うのよ。
婚約者である私よりも、自分を聖女と自称する幼なじみばかり優先する彼なんて、こちらから願い下げよ。
「・・・・わかりました。婚約は家同士の契約です。あらためて当主同士で」
「ふん。相変わらず、可愛げのない」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
マリーゴールド公爵家。
「お嬢様。商業ギルドから、商業人の平民が会いたいと参っていますが会われますか?」
今日は久しぶりに何もする気が起きず、侍女に淹れてもらったミルクティーをぼんやりと楽しんでいた。
「・・・・平民で、商業人。どうして私が会わなきゃいけな」
そう言いかけて、私ははたと気づいた。
商業ギルド。
平民。
そして、この私に会いにこようとする商業人と言えば。
「もしかして、名はグリーンと言うのかしら?」
護衛騎士が、わずかに目を細めて答えた。
「あ、ええ、たしか、グリーンと名乗ったかと、ですが、追い返しましょう」
「待って待って待って!グリーンの側には従者がいるでしょ!?」
答えを聞く前に、私は即座に立ち上がった。
スカートの裾を翻し、門まで一直線に駆け出す。
「ハアハア・・・・、グリーンはどこ!?従者は!?もちろん従者はイオニーア様ですよね!?イオニーア様!!」
グリーン。
ただの平民、の筈だが、何故か従者が世界最強過ぎる。
私の敬愛する大魔導士イオニーア様を従者として従えているのだ。
――うらやましい。
そんな彼を私は心の中で、『神の愛し子』と呼んでいる。
だって、女神の如き人から愛されまくっているんだもの。
私は深呼吸をし、落ち着いてからグリーンに向き直った。
「よく来たわね。私に頼みがあるんでしょ。いいわよ。聞く。なんでも。だから、大魔導士イオニーア様とお話させてちょうだい!」
私はない胸を張り、堂々と宣言した。
グリーンは困った顔をして、
「話が早いのは助かります。従者のイオニアはここにいますよ。だから、まず落ち着いて話を聞いてくれませんか」
グリーンは、そう言いながら隣にいるローブを深くかぶった従者に目を向ける。
きっとこの方がイオニーア様なんだわ。
普段は、その美貌を周囲に知られないように隠していらっしゃるのよ。
私はグリーンに向き直る。
グリーンは話し始めた。
その話は案の定、奇妙と思える出来事だった。
ある日突然、商業ギルドの管理をしている貴族の子息が病に倒れたという。
子息の親は、すぐさま、治癒士を呼びにやったり、回復用の魔法薬である高級ポーションを飲ませたりとしたのだが、改善されず、子息はついに意識を失ってしまったという。
「それがどうして私のところへ来るのよ?専門外じゃないの」
そう言う私に、グリーンは言葉を選びながら、
「ところが、不思議なことに、その子息は、身体中に魔力が溢れている状態らしくて、身体に異常が見当たらないんです」
「あえて言うなら魔力が異常に多いそうです」
「魔力異常か・・・・なるほど、それで私にお鉢が回ってきたのね。いいわ、面白そう。見てみる」
「うまくいった暁には、イオニーア様とお話しさせてちょうだいね」
私は目を輝かせながらグリーンに言う。
グリーンは苦笑いだった。
早速私は件の子息が倒れているという屋敷へ向かった。
・・・・確かに変だ。
何が変って、体の中にある魔力は増大していってる。
体内を巡る魔力は、異様なほど活性化しているのだ。
むしろ健康な状態と言っていい。
ところが、目の前の子息は意識を失っている。
今までの常識では説明できない状態、というわけ。
これは面白いわね。
私は嬉々として子息の身体を調べ始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ウルザです。
私の元婚約者が倒れたらしい。
知らないわよ、そんなこと。
あの聖女気取りの女に治して貰えば良いじゃない。
回復魔法の力が強いんでしょ。
どうせ私は魔力ゼロだとバカにされているのだから。
・・・・そう思っていた。
ところが。
「あなたの気持ちはよーくわかるわ。だけど、ご主人様がお困りなの、悪いけど来てもらうわよ」
そう言って目の前に女神のような女性が現れた。
輝くようなブロンドの髪を持ち、陶器のような白い肌と、宝石のような青白い瞳、服の上からでもわかる妖艶な肢体。
・・・・・・・・
・・・・
大魔導士イオニーア様!!?
遠目からしかお見かけしたことはない。
だけど、私もプラチナ帝国の貴族の端くれだ。
この魔力の波動を知らぬはずがない。
ご尊顔を拝したのは初めてだったが、私ですら見とれてしまうほど。
そんな私の動揺などお構いなしに、イオニーア様は私の手を取り、ある場所へ連れて行こうとされた・・・・
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私パンジー・マリーゴールドは困っていた。
グリーンからの依頼により、原因不明の奇病で倒れた子息を見ていたのだが、まったく原因が分からない。
それからしばらくして、グリーンが、一人の令嬢を連れて戻って来た。
この子息の元婚約者で、ウルザという。
対して、ベッドで寝る子息につきっきりで看病していたのは、幼なじみを名乗る女だった。
幼なじみの女は、ウルザを見るや、
「なによ、私を笑いに来たっていうの!?」
そんな激昂する幼なじみの女をなだめるように、グリーンが、
「まあまあ、すみません。ところでウルザさん、もう少し近くに行ってもらえますか?」
グリーンがウルザを子息のそばへ誘導する。
すると、
「う、うん・・・・」
子息の瞼がゆっくりと開き始めた。
なんと、意識が回復してきたのだ。
周囲は唖然とする。
かく言う私も、目を丸くした。
サッパリ理由が分からない。
ウルザも目を瞬かせ、呆然としていた。
後日、詳細な診断の結果が出た。
子息は、いわば“魔力多過症”とも呼ぶべき体質だった。
身体が保有できる限界を超える魔力を、内に溜め込んでしまうのだ。
そして、元婚約者は、魔力ゼロ、ではなく、魔力を吸収してしまう体質だった。
ウルザは、魔力がなくても命に別状はない。
だが、子息は身体の限界を超えた魔力を宿すと意識を失い、果ては命を落とすと言う。
今までは婚約者として側にいることで溢れる魔力を吸収していたから何も起きなかった。
つまり、生命をつなぐために最も最適な婚約者を、自分から手放したというわけだった。
ちなみに、聖女を気取っていた幼なじみの女は、当然ながら何の役にも立たなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そういうわけだから、再び婚約してやってくれないか」
伯爵家の当主が、すがるような目で私ウルザを見る。
「絶対、お断りです。それに、別の縁談が進んでおります」
「そう言わずに、どうか、頼む。息子の側にいてやってほしい・・・・」
「彼は私を清らかではないと言って婚約破棄したんです。清らかではないので側にいたくないですね」
「それに、清らかな幼なじみさんがいるでしょ」
幼なじみの女がビクッとする。
息子の言動がすべての原因である伯爵家当主はそれ以上言いようがなかった。
伯爵家当主は高額の支援金と破格の条件を提示した。
だが、私にとって元婚約者は、もはや生理的に受けつけない相手だった。
幼なじみの評判も、今回の件で貴族社会に知れ渡った。
もはや、まともな縁談は望めないだろう。
結局、この先も彼のそばにしがみつくしかない。
子息のことはともかく、わが子の命がかかっている伯爵家当主のやつれた様子には、さすがのイオニーア様も見かねたのだろう。
イオニーア様が、ため息をつきながら魔力を吸収する魔道具を作った。
だが、その魔道具は――吸収するたびに激しい痛みが走るという。
「いい罰ですよ」
私は小さく笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私パンジー・マリーゴールドは恐縮しながら椅子に座っていた。
憧れであり、恋焦がれていた大魔導士イオニーアが目の前にいる。
本当ならとても楽しい時間だったはずなのだが・・・・
「パンジー、あなたは子息の魔力多過症を見抜けませんでしたね。魔力は有用なもの。ですが、有用であっても多すぎれば害となる。これはすべてに通用することです」
「はい・・・・、仰る通りです」
私は返す言葉も無かった。
今回の失態――それは、興味のあるものしか見ようとしなかったことだ。
魔力の巡りばかりに気を取られ、それが身体にどう影響を及ぼすかまで、考えが及ばなかった。
まさか、魔力が多すぎて、なんて。
「興味のあることしか見ない。それがあなたの欠点よ。以前にも言いましたね」
厳しくも温かい指導を受けた。
見放されないように、もっと学ばなくちゃ。
せめて、次はイオニーア様を失望させないように。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、そのころ。
グリーンは、パンジーの護衛騎士に声をかけた。
「貴方ですよね?マリーゴールド公爵家に拾われて護衛騎士を務めるまでになったという元孤児は?」
「そして功績を立て続け、いまや、侯爵位まで得ているとか」
「・・・・よくご存じで」
「イオニアが教えてくれました」
「イオニア、ああ、イオニーア様のことですか。ふふ。あの方には何も隠せないですね」
護衛騎士は苦笑いを浮かべた。
その時、
「何やってるの?行くわよ」
イオニアからの説教を終えたパンジー・マリーゴールド様が護衛騎士に声をかける。
「すみません。グリーン様、私はこれで」
頭を下げ、パンジーの元へ向かう。
グリーンはそのやり取りを好ましく眺めていた。
パンジーが、屋敷を出るとき、
「うぎゃーーー!!」
魔力を吸い取られる激痛に、子息の絶叫が屋敷に響いた。
そのそばには、げっそりした表情の幼なじみの女がいた。




