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第4話  王女が婚約者を奪った結果、王位ごと奪われました

「あの、お話が・・・・」


「今は忙しい。また今度にしてくれ」


ああ、まただ。


婚約者であるペチュニア伯令息の声は冷たく、視線すらくれない。


彼は王女殿下の専属騎士。


いつもお側に控えていなければならない。


それはわかっている。


わかっているけれど、この二年、婚約者としての交流は、ほとんどゼロだった。


ここはアイボリー王国。


王女殿下は、現在王位継承権第一位にある。


かつて兄君がいたが、宗主国プラチナ帝国の魔法学園へ留学中にある大失態を犯し、継承順位を大きく下げられたという過去を持つ。


本来ならば、王女殿下はその現状を理解し、慎み深く振る舞うべき立場。


けれど現実は違った。


王女殿下はますますわがままに、傲慢になっていった。


「はあ・・・・やだなあ」


思わず、深いため息がこぼれる。


婚約者は王女に付き従い、私はただの“名ばかりの婚約者”。


結婚したら、このままこんな関係が続くのだろうか。


私の家は伯爵家。


両親は私を顧みることなく仕事に明け暮れていた。


だからこそ、婚約者とは愛のある、温かな結婚生活を夢見ていたのに。


・・・・もう、それは叶わないのかもしれない。


私は仕事のため、王城へ足を運んだ。


アイボリー王国は小国だ。


領地貴族であっても、王城で何らかの職務に就いている。


跡取り娘である私も例外ではなかった。


だが、王城へ行けば、必ず王女殿下の護衛をしている婚約者と顔を合わせてしまう。


「やあ、ご機嫌よう」


王城の渡り廊下で私に声をかけてきた方がいた。


キラキラと輝く金髪を軽く揺らし、優雅に挨拶をしてくれたのは。


――王女殿下の婚約者であるベージュ公爵家の子息。


彼は、令嬢たちから白薔薇と称される見目麗しい貴公子だった。


もともと王女殿下は彼に降嫁する予定だったが、王位継承権第一位となったため、逆に彼が王家に婿入りする形となった。


その結果、妹君、シャトルーズ・ベージュ公爵令嬢が公爵の跡取りとなったのだ。


そんな彼女と私は、大の親友だ。


少し変わったところもあるけれど、とても優しく、気心の知れた仲。


その兄にあたるベージュ公爵令息が、


「どうやら、僕の婚約者が君の婚約者を引き留めているようだね。いくら注意しても聞かないんだ。申し訳ない」


そう言って、彼は深々と頭を下げた。


「お、おやめくださいませ!」


私は慌てて制止する。


格上の相手――それも王女殿下の婚約者に頭を下げられるなんて。


こんなところを誰かに見られたら・・・・。


「あら、ずいぶんと仲がよろしいのね?」


背後から、鋭い声。


王女殿下だった。


・・・・やっぱり、出くわしてしまった。


後ろに控える私の婚約者――ペチュニア伯令息も、私を睨みつけている。


ところがベージュ公爵令息は、王女を無視し、


「ペチュニア伯令息、前にも言ったが、君は働き過ぎだ。交代の騎士が規則を守らないとぼやいてたぞ」


私の婚約者、ペチュニア伯令息に穏やかに、しかしはっきりとした口調で咎めた。


ペチュニア伯令息は顔をしかめる。


「そんなことより、なぜ格下の伯爵令嬢にあなた様が頭を下げているの?」


王女は、苛立ちの声を含ませ、さらに、追及した。


その声には、あからさまな軽蔑も含まれていた。


「格下などと、バカなことを!王家の者がそんな言動では、誰も付いてこなくなるぞ」


「ここはアイボリー王国。プラチナ帝国ほど王権は強くない。貴族の支持あっての王家なのだ」


「ふん!」


王女は聞く耳を持たない。


――やっぱり、ダメだ。



私が城を出る時、婚約者から声をかけられた。


「おい、なんだ。今日の態度は。ベージュ公爵令息までたぶらかして。そんなに俺の気を引きたいのか!?」


・・・・色々、ツッコミたいことはあるけど、久しぶりの婚約者同士の会話がこれって、あんまりじゃない?


「・・・・そのようなはしたないことはしておりません」


「ふん!どうだか。いいか!婚約を続けたければ王女殿下に逆らわないことだな」


そう言って立ち去って行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ベージュ公爵家、私の親友の部屋。


「もう我慢の限界ですわ!!」


シャトルーズ様は、クッキーをがつがつと頰張りながら、王女への不満をぶちまけていた。


私は相槌を打てず、ただ黙って聞いていた。


「こっちが黙っていればいい気になって・・・・。王家はもう当てにできませんわ。兄君のライム・アイボラリー様も、あんな調子でしたし」


シャトルーズ様は、かつての王太子と婚約していた。


しかし相手の失態でそれも破談となった。


王家に対する彼女の評価は、辛辣を通り越して冷めきっていた。


「それに、貴女の婚約者の言動もなによ!!」


まあ、それは私も思うところがある。


だけど、ああやって王家との関係をつなげていると見れば・・・・


しかし、シャトルーズ様の機嫌は収まらない。


「いっそ独立してしまおうかしら」


どんどん物騒な話になっていく。


「その時は一緒に独立してね」


にこっと笑う彼女の瞳は、もはや冗談とも本気ともつかない。


「・・・・でも、その前に」


彼女はふっと笑う。


「あなたの問題、先に片付けましょう」


差し出されたのは、一枚の紹介状。


「ここへ行ってみて」



私は言われた通りの場所へ足を運んでみた。


そこは、アイボリー王国の賑やかな商店街。


魔道具店が立ち並ぶ一角だった。


一軒の小さな露店に、落ち着いた雰囲気の女性が魔道具を並べて売っていた。


「あら、いらっしゃい」


穏やかな女性店主が微笑む。


紹介状を見せると、奥へ通された。


「なるほど・・・・」


話を聞いたあと、彼女は静かに私を見る。


「・・・・これは、興味深い。あなた、魔力の流れが少し歪んでいるわね」


「え?」


「せっかくキレイな魔力の波長をしているのに、乱れてしまっていて勿体無いわ」


「環境のせいね。長く抑え込まれていると、こうなるの」


心を見透かされたようで、言葉を失う。


彼女は続けた。


「ホントに残念。こんなキレイな波長、滅多に見れないわ。あなたの悩みが無くなったら、少しは元に戻るかしら?」


「なら、あなたの悩み片づけましょうか。ふふっ」


その言葉は、不思議なほど確信に満ちていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


夜会。


王女殿下は相変わらず、私の婚約者を側に置いたままだった。


おかげで私は壁の花。


周囲の視線は哀れみと好奇が入り混じり、チクチクと肌を刺す。


そこへ、王女殿下の婚約者――ベージュ公爵令息が静かに近づいてきた。


「君との婚約は破棄させてもらう。君がご執心というそこの護衛騎士と一緒になるのが良いだろう」


突然の宣言に、会場がざわりと揺れた。


「なっ!?」


王女が叫ぶ。


「そんな待って!私はあなたを愛してるのよ!こいつはただ、気に食わない女の婚約者だから、そばに置いていただけで・・・・」


王女殿下の声が上擦る。


私の婚約者も、その言葉に愕然とした表情で王女を見つめている。


ベージュ公爵令息は、穏やかでありながらも、一切の迷いなく言った。


「気に食わないというだけで家同士の婚約をダメにするとは・・・・ほとほと愛想が尽きた」


「私は別の令嬢を伴侶に選び、王太子としてこの国を支える道を取る」


そう言って、彼は突然私の肩を引き寄せた。


「はぁ!?」


王女は震えていた。


「私は・・・・王女よ・・・・!」


「だから何だ」


その一言で、すべてが終わった。


「王である資格は、“血”ではなく“責任”で決まる」


完全な否定だった。



彼は私に振り返り耳元で、静かに、しかしはっきりと言った。


「私には、王家の血が流れている。君をあまりにも粗末に扱う王女殿下の態度に、我慢できなくなった」


「王女殿下は、自分が軽んじたものに足元をすくわれたのです」


彼は私の手を優しく取る。


そして鋭い目で王女の方を向き、


「君はそこの護衛騎士と好きに暮らすといい。私はこのアイボリー王国を背負って立つ」


護衛騎士のペチュニア伯令息、私の元婚約者はブルブル震えている。


そんな彼を無視してベージュ公爵令息は、


「私の隣には謙虚で聡明、そして愛らしい彼女がふさわしい」


その夜会をもって、アイボリー王国の王家は、アイボラリー家からベージュ公爵家へと移った。


ベージュ公爵家はもともと王家の分流であり、継承資格そのものは持っていた。


しかも現王もまた、王女の度重なる専横に頭を抱えていたらしい。


そこへ宗主国プラチナ帝国からも異議なしと伝えられ、王家の継承は一気に動いた。


しかし、そんな小国の出来事は、広く世に知られることもなく、静かに流れていった。


後で教えてもらったのは――


あの魔道具屋の店主こそ、中央平原三強の一国であり、我がアイボリー王国の宗主国・プラチナ帝国の五大公爵の一人、パンジー・マリーゴールド公爵様だったという。


ベージュ公爵家が継承資格を持つこと。


王女殿下の振る舞いが問題視されていたこと。


そして今回の婚約整理に宗主国が異議を唱えないこと。


――そのすべてに、公爵様が先回りして手を打っていたらしい。



後日。


公爵様が直々に我が屋敷に訪れた。


「はあ、キレイな波長ね。やっぱり悩みが解決したからかしら?」


「元婚約者も王女殿下の専属護衛騎士の任を解かれたらしいし」


ウットリとした表情を私に向けてくる。


「王族というものは、優雅に見えても、常に見られる立場なのよ。責任をしっかり自覚し、謙虚に務められる人でなければ、務まらない」


――と。


決めているつもりなのだろうが、後ろで疲れた顔の護衛騎士様が、


「気に入った令嬢を助けるためだからと言って他国の家の婚約に口出ししないでください」


「内政干渉の追及を避けるの、大変だったんですよ・・・・」


とつぶやいているのが印象的だったわ。



作中の元王太子ライム・アイボラリーの失態については、シリーズ本編第1作目「僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1」の第三部に載っています。

気になった方は、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

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