第3話 「無能な妻」を捨てた結果、家ごと崩壊しました
「君とは別れてもらう。離婚届にサインしなさい」
「・・・・はい、承知しました。旦那様」
こうして、三年に及ぶ結婚生活は終わりを迎えた。
「ふん、ようやく愛する人を妻として迎えられる」
背を向けたままの彼の声は、明るい未来を予想してか弾んでいた。
――まあ、いいわ。
静かに署名を終え、紙を差し出した。
「旦那様、工房の引き継ぎのほうはいかがしましょうか?」
「そんなもの必要あるか!!私の気を引こうとするな!」
こんな男に未練はない。
この三年間、私は搾取されてきた。
実家への援助と引き換えに。
それも終わったのだ。
実家の男爵家はなんとか持ち直し始めた。
この男のおかげで。
お互い、利あっての契約。
それだけのこと。
私は静かに頭を下げ、屋敷を出た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一ヶ月後。
プラチナ帝国、皇帝宮。
皇帝陛下と、私パンジー・マリーゴールドを含む五大公爵による定例の顔合わせが行われていた。
「よく来てくれた。みな変わりはないか」
皇帝陛下の穏やかな声が響く。
「はい、陛下」
「問題ございません」
形式的な報告が続く。
中央平原に君臨する我がプラチナ帝国をはじめとした三強の均衡も安定しており、大きな問題はない。
平和なものね。
最後に、陛下は静かに言った。
「我らは魔法によって成り立つ国家を支えている」
「大魔導士イオニーア様の御導きと、貴族としての責務と誇りを忘れるな」
「「ははっ」」
会議は滞りなく終わった。
その帰り際。
同じ公爵家のアマランス公が、私に声をかけてきた。
「マリーゴールド公。少し相談がある」
「珍しいわね、貴方から声をかけるだなんて。なにかしら」
「魔石工房の件だ」
・・・・ああ、アマランス公爵領の目玉になっている、あれね。
「私に相談ということは・・・・、魔石の品質が落ちた、とか?」
「その通りだ」
三年前から任せている伯爵家の管理下で、最近、明らかに精製の質が低下しているという。
魔石は、帝国の基盤。
これが崩れれば、経済にも影響が出る。
だけど、それ以上に興味を引くのは、この1カ月の間で急に変化が起きたこと。
「・・・・面白そうね。わかったわ。現地を見ればいいのね」
「すまない」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私はすぐさま、護衛を連れてアマランス公爵領にある領都に着いた。
そして問題のある工房に到着し、原因がすぐに分かった。
「・・・・ひどいわね」
魔力が歪んでいる。
流れが乱れている。
基礎すらできていない。
「これで“問題ない”と言っているの?」
私は思わず呟いた。
責任者である伯爵と、その妻が現れる。
「おお、マリーゴールド公爵様!お越しいただき光栄です」
媚びるような笑み。
そして――中身は空っぽ。
一目で分かった。
「・・・・魔力の素養自体がないわね」
「は?」
私はそれ以上何も言わず、その場を離れた。
護衛の騎士が後を付いてくる。
「お嬢様、どうなさいますか」
「足で探すわ」
「貴族の発想ではありませんね」
「うるさいわね」
私は、以前、勇者パーティに加わって旅をしたこともあるのよ。
これくらい、どうってことないわ。
公爵領都を歩いていると――
ふと、違和感を覚えた。
「・・・・綺麗」
魔力の流れが。
澄んでいる。
引き寄せられるように進むと、小さな露店があった。
アクセサリーと、簡素な魔道具。
そして――店主の女性。
「・・・・あなた」
私は彼女を見て、確信した。
「ここで何をしているの?」
その女性は、少し驚いたように私を見る。
「・・・・生計を立てています」
その声には、どこか品があった。
興味を持った私はもう少し話を聞いてみた。
すると1ヵ月ほど前に離婚し、実家を頼れる状況ではないので、得意の魔力制御で作った魔道具を売っていたという。
その魔力制御が素晴らしい。
「かなりのものね」
彼女の手元にある魔石は、完璧なバランスで整えられていた。
私は即座に言った。
「来て」
「え?」
「あなたは、この領都で一番の工房で働くべき人材よ」
再び工房へ。
伯爵夫婦は私が連れてきた彼女を見て露骨に顔をしかめた。
「なんだ貴様か。貴様は、ここに来る資格はない。さっさと出て行け!」
私は一歩前に出る。
「彼女は私が連れてきたのよ。それよりも」
私は原石の魔石を伯爵夫婦の前に差し出した。
「あなたたち、魔石を精製してみなさい」
「な、なぜそのような――」
「いいからやりなさい!」
圧をかけると、渋々従った。
結果は――惨憺たるもの。
魔力が暴れ、歪み、崩れる。
「・・・・基礎ができていないわね」
私は冷たく言った。
そして。
「次、あなた」
連れてきた女性に視線を向ける。
彼女は静かに頷き、魔石に手を触れた。
――一瞬で、空気が変わった。
滑らかな流れ。
無駄のない制御。
美しい魔力の循環。
「完璧だわ」
私は小さく呟いた。
伯爵夫婦は言葉を失っている。
「決まりね」
私は宣言した。
「この工房は、あなたに任せる」
「なっ・・・・何を急に。横暴ですぞ!何の権限があって」
「横暴?権限?私は、アマランス公の依頼で調査に来たの。で、原因がわかったから解決した。それだけよ」
私は笑った。
「力もない、責任もない」
「それで“任されている”方が問題よ」
そして女性に向き直る。
「ところで、離婚したっていうのはもしかして・・・・」
彼女は伯爵夫婦に目をやる。
私は一瞬、目を細めた。
「・・・・ああ、そういうこと」
全てが繋がった。
「この工房、実質あなたが回していたのね」
彼女は、静かに頷いた。
「はい」
「ですが・・・・立場上、表に出ることは許されませんでした」
私は振り返る。
伯爵を見据える。
伯爵はビクッとした。
「あなた」
「っ!」
「アマランス公には、あなたの降格と、彼女の家の陞爵を進言するわ」
「なっ!?」
私は淡々と言った。
「才能のある者が上に立つべきよ」
伯爵夫妻はその場に膝をつき、言葉を失った。
外に出たあと。
護衛騎士がぽつりと呟く。
「見事な入れ替えでしたね」
「当然よ」
私は歩きながら言う。
「魔力はね」
少しだけ空を見上げる。
「“どう扱うか”よ」
「それに、あんな能力に釣り合わない部署にいさせる事は、それだけで罪だわ」
そして、静かに笑った。
その後、正式に男爵へ降格された元伯爵家は、工房を失った打撃に耐えきれず、ついには爵位そのものを返上したと護衛騎士が報告してきた。
実力のない者は落ちる。
けれど本当に恐ろしいのは、それよりも、実力ある者を見抜けないことだ。
そういう家から、静かに崩れていく。
プラチナ帝国は、そういう場所なのだから。




