第52話 師匠は見届けた
その朝、アルトは師匠より早く庭にいた。
荷物が縁側に置いてあった。
◇
ある秋の朝だった。
起きたとき、今日だと思った。理由はわからなかった。ただ今朝起きたとき、今日だと思った。
荷物をまとめた。剣が一本。着替えが少し。わずかな金だった。縁側に置いた。
庭に出た。師匠はまだ出てきていなかった。
構えた。一人で構えた。鈴が鳴らなかった。
そのままの姿勢で、しばらく庭を見た。
◇
トネリアが出てきた。縁側に荷物を見た。何も言わなかった。
「師匠、最後に稽古しますか」
「するか」
一合だけやった。
一合で止まった。どちらも止めなかった。ただ止まった。
剣先同士が止まった場所で、少しの間、向き合った。
「これで最後ですか」
「さあ」
「……俺がそうしたいです」
「そうか」
木剣を定位置に戻した。ずれていなかった。
◇
荷物を持った。剣を帯びた。
トネリアが何かを渡した。
薬草だった。
「道中使え」
「ありがとうございます」
懐に入れた。
◇
「師匠、姉さんへの手紙、書きました」
「そうか」
「渡してもらえますか」
「いい」
渡した。
今回は「ソプラノへ」と書いて、消さなかった。
◇
荷物を持って、門まで歩いた。
トネリアが門のところまで来た。
「師匠、また来ていいですか」
「もちろん」
「絶対に来ます」
「そうか」
「師匠は、ここにいますか」
長い間があった。
「さあ」
「さあって」
「こなたが決める」
アルトが少し笑った。
「……俺もそうします」
◇
門を出た。
振り返った。一度だけ。
トネリアが門のところに立っていた。
何も言わなかった。手を振らなかった。
ただ立っていた。
アルトは前を向いた。
歩いた。
◇
トネリアは、しばらくそこに立っていた。
行った。
こなたの師もこうして見ていたかもしれない。
門を閉めた。
道場があった。庭があった。縁側があった。鉢植えの花があった。名前を忘れた花が、今年も咲いていた。
今夜、笛を吹くかもしれない。外れるかもしれない。
それだけだった。それで十分だった。




