第50話 師匠と俺は話した
遅い夕飯が終わって、ソプラノと別れ、縁側に二人で出た。
◇
秋の夜だった。虫の音が変わっていた。月が出ていた。
しばらく黙っていた。
「アルト」
名前を呼んだ。名前を呼ぶことは少なかった。
「はい」
「行け」
それだけだった。
◇
しばらくの間があった。
「どこへですか」
「それはお前が決める」
「師匠は、どこへ行けと言いたいですか」
「さあ」
「……さあですか」
「そうだ」
アルトが月を見た。
「師匠の師匠は、師匠にどこへ行けと言いましたか」
長い間があった。
「剣があるところへ、と言った」
「……剣があるところへ、ですか」
「そうだ」
「師匠、俺の剣は本物ですか」
「本物だ」
「だったら、どこへ行っても剣がありますか」
また間があった。
「……そうかもしれない」
◇
「師匠、俺がいなくなったら、師匠はどうしますか」
「さあ」
「師匠は、さみしくないですか」
長い間があった。
「さあ」
今日の「さあ」は、何も言わない「さあ」ではなかった。答えを持っている「さあ」だった。
アルトはそれを、わかっていた。
◇
「師匠、俺、もう少しだけいていいですか」
「うん」
「もう少しだけ」
「いい」
「それから行きます」
「そうか」
月が庭を照らしていた。
虫の音がしていた。秋の虫の音だった。
◇
その夜、トネリアは縁側に座ったまま、しばらく動かなかった。
「行け」と言えた。
アルトは「もう少し」と言った。それでいい。師もこなたが「もう少し」と言えば、そう言ったかもしれない。
いつ行くかはお前が決める。こなたが決めたのはアルトを送り出すことだけだ。
笛を持とうとした。やめた。
今夜は笛がなくてよかった。




