第46話 魔術殺し(前半)
ソプラノが右手を上げた。しかしアルトはそこにいなかった。
◇
ソプラノが先に動いた。右手を上げた。空中に魔法陣を投影した。光の紋様が一瞬浮かんだ。
アルトはすでに右に動いていた。
光がアルトのいた場所に届いた。石が一瞬白く固まった。
アルトはその場にいなかった。
◇
また投影陣が浮かび上がる。今度はやや前。
アルトはすでに左に動いていた。直線で来ない。右に、左に、斜めに。ジグザグに動いた。
光が外れた。
「ちょこまかと……」
答えなかった。動き続けた。
また投影が来た。外れた。
また来た。外れた。
ソプラノが投影を出す間隔が、少し早くなっていた。
アルトは気づいた。焦れている、と思った。ソプラノは慌てると咄嗟に術を使ってしまうと言っていた。それは才能だ。だが、それでは狙いは荒くなる。アルトの予測通りだった。
◇
距離が縮まっていた。
切り返して近づきながら、太陽の方向を維持した。ソプラノが目を細め続けた。光が邪魔だった。しかしまだ届かない距離だった。
踏み込んだ。一歩だけ。鈴が鳴らなかった。
投影が来た。跳んだ。外れた。
また一歩。鈴が鳴らなかった。
◇
光が赤くなってきた。
秋の夕方だった。日が傾いていた。陰が長くなっていた。
時間が少ない。日が暮れれば太陽の優位がなくなる。
しかし。
暗くなれば、別の可能性が見える。
◇
秋の空というが、急速に暗くなってきた。
いつのまにか月が浮かんでいた。その月を、雲が隠した。
―—束の間、夜のとばりが下りた。
アルトは踏み込んだ。
鈴は、鳴らなかった。
ソプラノは耳をこらした―—アルトの足音が、消えていた。
石の地面を走っていた。しかし音がしない。
ソプラノが投影を止めた。
術を行使するには魔法陣を投射する必要がある。しかし、アルトの足音がしない。見失った。どこに来るかわからなかった。光も足音も、両方が消えていた。《《ソプラノが魔法陣を投射すれば、こちらの位置がばれる。》》
島が静かになった。
風だけが動いていた。
◇
その夜、トネリアは岩のそばに立ったまま、目を離さなかった。
足音が消えた。
こなたが教えたのは、鈴を鳴らさないことだった。ここで足音まで消えるとは、こなたも予測していなかった。
石の地面で、足音が消えた。
アルトが、こなたを超えた。




