第43話 出発の前
師匠が「明日行く」と言った。
◇
稽古の後だった。夕飯を食べながら、いつもと同じ声で言った。
「明日だ」
「わかりました」
それだけだった。ソプラノへの連絡はすでにしてある。役人への届けも済んでいる、とトネリアは言った。アルトは「そうですか」と言った。
芋がうまかった。今夜も芋がうまかった。
◇
夜、剣を手入れした。
鞘を拭いた。刃を確かめた。鍔の鈴を指で軽く触れた。小さく音が鳴る。
何を持っていくか考えた。剣だけだった。
部屋を見回した。変わっていなかった。道場があった。庭があった。縁側から月が見えた。変わっていなかった。
◇
夕飯の後、縁側に二人で出た。
「師匠、明日が終わったらどうなりますか」
「さあ」
「俺が決めるんですよね」
「そうだ」
「師匠は、どうしますか」
「さあ」
「……俺もさあです」
「そうか」
月が出ていた。秋の月だった。
◇
アルトは部屋に戻った後、少しの間、天井を見た。
今夜考えていたのは明日のことだった。しかし明日の対決のことではなかった。
遅れていくつもりだった。
ソプラノの術は間合いが遠い。先に場に立たれると、距離を最初から制される。夕方に着けば太陽が西に落ちる。ソプラノと向かい合ったとき、背にして立てる。
待たせた分、ソプラノは焦れるだろう。焦れると陣の投影が早くなる。早くなると読める。
この考えを師匠に言うか、言わないかを迷った。
言わなかった。言う必要がなかった。
眠れるかどうかわからなかった。眠れた。
◇
その夜、トネリアは縁側に出た。
明日、こなたは「行け」と言う。
それが決まっていた。いつから決まっていたかは、わからない。剣が本物になった日に言う。そう決めていた。
アルトが何かを考えている顔をしていた。何かはわからなかった。しかし今夜の顔は、稽古の前の顔に似ていた。
それでいい。
明日が来る。それだけだった。




