第35話 姉が母について語った
翌週もソプラノが来た。今日はトネリアがいた。
◇
稽古の後、三人で縁側に座った。
冷やした果物が出た。
アルトが口を開いた。
「姉さん、先週の続きを聞いていいですか」
ソプラノが静止した。一拍置いて、「はい」と言った。
「腕を凝固させたのはなぜですか」
ソプラノがトネリアを見た。トネリアは庭を見ていた。
「母が申し込んできたとき、断れませんでした」
「なぜですか」
「断ったら、母はもっと強い相手に申し込む。そうわかっていた」
「……それで」
「自分が受ければ、殺さずに済む。腕だけ凝固させれば、死なない。そう思いました」
◇
「腕が戻らなかったのはなぜですか」
間があった。
「……強く使いすぎました」
「なぜ強くなったんですか」
また間があった。今度は少し長かった。
「制御が乱れました」
「なぜですか」
「……相手が母だったからです」
ソプラノが、初めて目を伏せた。
「術は感情に引っ張られます。陣を投影するとき、気持ちが揺れていると、出力が変わる。わかっていました。でも、母が目の前にいると、揺れました」
「……そうですか」
「術師として、失格でした。いつもなら時間で解けます。あの日は解けなかった」
アルトは果物に手を伸ばした。食べた。甘かった。味が遠かった。
「姉さん、謝らないんですか」
「……謝っても、腕は戻りません」
「そうですね」
「謝ってほしいですか」
アルトは少しの間考えた。
「……わかりません。でも今日は聞けてよかったです」
ソプラノが黙った。
今日は誰もうまいと言わなかった。しかしみんな食べた。
◇
その夜、トネリアは縁側に出た。
アルトの怒りの質が、今日また変わった。先日は怒りの向かう先が変わった。今日は質が変わった。
憎めない。しかし許せるかどうかもわからない。その両方が同時にあるときの顔を、アルトが初めてしていた。
笛を持った。今日のことを考えながら、しばらく吹いた。




