第30話 師匠と俺の剣の理由
稽古が、今までと少し違った。師匠の動きが、どこか本気だった。
◇
朝から稽古だった。
打ち込まれた。捌いた。また打ち込まれた。捌けなかった。転んだ。起きた。また打ち込まれた。
今日のトネリアは手を抜いていなかった。
「今日は本気ですか」
「そうだ」
「なぜですか」
「時間がないからだ」
それだけ言って、また打ち込んできた。
◇
稽古の途中で、相真向になった。
正面から、両者同時に踏み込んだ。
剣が交わる。
交わらなかった。
アルトが右に体を開いた。トネリアが左に流れた。
すり抜けた。
一瞬、二人が並んだ。庭の反対側を向いていた。
静かだった。鈴が鳴らなかった。
「……今の、鳴りませんでした」
「そうだな」
「どういうことですか」
「考えろ」
考えた。昼飯を食いながら考えた。
すり抜けたとき、力が抜けていた。力を入れようとしていなかった。剣を当てようとしていなかった。ただ体が動いた。
だから鳴らなかった。
「師匠」
「なんだ」
「わかりました。力を入れようとしていませんでした」
「そうだな」
「届かせようとしていなかった」
「そうだ」
「それでいいんですか」
「それでいい場合がある」
「どういう場合ですか」
「読んだ上で、届かせないことを選んだときだ」
◇
夕飯のとき。
「師匠、剣が強くなると何が変わりますか」
「何が変わってほしいんだ」
「姉に……姉に、見てほしいです。俺の剣を」
「倒したいではないのか」
「倒したいは倒したいです。でもそれだけじゃないです」
「そうか」
「師匠は、剣を誰かに見てほしかったことはありますか」
長い間があった。一拍置いて、窓の外を見た。
「……あった」
「誰にですか」
「師だ」
「見てもらえましたか」
「見てもらえた。だから行けと言われた」
アルトは芋を食べた。木の芽のゆでたのも食べた。
「師匠が『行け』と言われたとき、どう思いましたか」
「……嬉しかった」
「嬉しかったんですか」
「そうだ」
「倒されたわけじゃないのに」
「そうだな」
「見てもらえたから、嬉しかったんですね」
「そうかもしれない」
アルトは少しの間、箸を置いた。
「俺も、そういう嬉しさがほしいです」
「そうか」
「倒したいじゃなくて、見てほしい。それが本当のことだと思います」
「そうか」
「初めて声に出しました」
「そうだな」
葡萄酒が出た。二人で薄めて飲んだ。今日もよくわからない味だった。
「うまいですか」
「さあ」
「師匠もさあですか」
「習慣だ」
「俺も習慣になってきた気がします」
「そうか」
◇
その夜、トネリアは道場に入った。
木剣を一本持った。素振りをした。
見てもらえた。だから行けと言われた。
アルトはまだ、見てもらえていない。しかし、もうすぐだ。
いつか、行け、と言える。今夜は、そう思えた。




