第28話 俺は怒っていた
翌日、アルトが道場に来た。木剣を持って、師匠の前に立った。
いつもより早かった。
何も言わずに打ち込んできた。
トネリアが受けた。普通に受けた。
一合、二合、三合、四合、五合。
アルトが止まった。
「師匠、怒っています」
「そうだな」
「師匠に怒っているわけじゃないです。でも怒っています」
「わかっている」
「母が嘘をついていたということですか」
「嘘ではない。言わなかっただけだ」
「同じじゃないですか」
「違う」
「どこがですか」
「言わなかったのには理由がある。嘘に理由はいらない」
アルトは木剣を持ったまま、少しの間黙った。
「俺は何のために剣を磨いてきたんですか」
「剣を磨いてきた。それは本物だ」
「動機が間違っていたのに」
「動機が何であれ、磨いた剣は本物だ」
「……師匠は、それを最初から知っていたんですね」
「そうだ」
「それでも稽古をつけたんですか」
「そうだ」
「なぜですか」
「こなたが決めた」
また同じ言葉だった。
今日は違う意味に聞こえた。
「こなたが決めた、という意味が、今日は少しわかりました」
「そうか」
「師匠が俺の剣を本物にしたかったから、ですか」
「そうかもしれない」
「そうかもしれない、ですか」
「そうだ」
アルトは木剣を下ろした。
「もう一度打ち込んでいいですか」
「いい」
打ち込んだ。今度は五合より長く続いた。九合で捌かれた。木剣が飛ばなかった。
トネリアが木剣を戻した。
アルトが自分の木剣を拾った。道場の端の定位置に戻した。
ずれていたので、直してから置いた。
◇
夕飯のとき。
木の芽のゆでたのと、芋が出た。今日は二人とも食べた。
「師匠」
「なんだ」
「怒りって、どこに置けばいいんですか」
「置く必要はない」
「持ち続けるんですか」
「持ち続けるのでもない」
「どうするんですか」
「使う」
「使う、というのは」
「剣だ」
アルトは芋を食べた。
使う。怒りを剣にする。
そういうことか、とアルトは思った。そういうことかどうかはわからなかった。しかし今日は、そういうことにしておいてよかった。
◇
その夜、トネリアは庭に出た。
怒りが来た。それで良い。
怒りが本物なら、剣も本物だ。師も同じことを言っていた。動機は関係ない。剣は剣だ、と。
アルトは木剣を定位置に戻した。直してから置いた。
それだけで、今夜は十分だった。
縁側に座った。笛を持った。吹いた。外れた。もう一度吹いた。また外れた。
三度目に、少しだけ音が揃った。
少しだけだった。しかし今夜は、それで十分だった。




