第27話 俺は師匠に尋ねた(後編)
翌朝、アルトが縁側に来た。トネリアがすでにいた。
稽古の前だった。しかし今日は稽古の前という感じではなかった。
「続きを話す」
トネリアが先に言った。
「はい」
「ウィロウは、ソプラノに試合を申し込んだ」
間があった。
「……俺の母が」
「そうだ。ソプラノが追い出したのではない。ウィロウが自分で申し込んで、負けた」
「なぜそんなことを」
「さあ。こなたにはわからない」
「師匠は知っていたんですか、ずっと」
「知っていた」
「なぜ言わなかったんですか」
「お前が見えるまで言えなかった」
アルトは黙った。庭を見た。春の光が落ちていた。
「……そうですか」
それだけ言った。
◇
稽古をしようとした。
道場に入った。木剣を持った。
いつもと同じ重さだった。しかし今日は、その重さが体に届くのが遅かった。
構えた。一合、二合。
三合目の前に、手が止まった。
置いた。
「今日は無理です」
「そうか」
部屋に戻った。
◇
昼になった。
アルトは部屋から出なかった。
トネリアが飯を持っていった。戸の前に置いた。
「飯だ」
しばらくして、「ありがとうございます」という声がした。
それだけだった。
◇
夕方、縁側にアルトが出てきた。
隣に座った。夕方の光が庭に長く伸びていた。
「師匠」
「なんだ」
「怒っていいですか」
「いい」
「何に怒ればいいんですか」
「さあ」
「……わかりません」
「そうか」
「母に怒っていいのか、姉に怒っていいのか、師匠に怒っていいのか、わかりません」
「全部に怒っていい」
「全部にですか」
「そうだ」
「師匠にも怒っていいんですか」
「怒っていい」
アルトは少しの間黙った。
「……今は、怒れないです」
「そうか」
「もう少ししたら怒れると思います」
「そうか」
夕方の光が消えた。庭が暗くなった。
◇
その夜、トネリアは文机の前に座った。
アルトが部屋から出てきた。飯を食べた。怒れない、と言った。
言えた。言えてよかったかどうか、まだわからない。
ただ、アルトは明日も庭に出るだろう。
それだけが、今夜の答えだった。




