第26話 俺は師匠に尋ねた
朝、アルトは稽古の前にそれを言った。
◇
朝の庭。
二人が向き合った。アルトが構える前に、口を開いた。
「師匠、昨日言ったこと、今日聞いてもいいですか」
「いい」
「師匠から聞きたいことが、二つあります」
「言え」
「以前、俺の名前を知っている人がいました。あの声の人は誰ですか」
トネリアは木剣を持ったまま、少しの間があった。
「稽古が終わってから話す」
「わかりました」
「もう一つは」
「それも、後で聞きます」
稽古が始まった。
◇
今日の稽古は、二人とも黙っていた。
打ち込んでくる。捌く。追う。逃げる。
途中で、相真向から打ち込んだ。
トネリアも真正面から来た。
二つの剣が交わるかと思った瞬間、すり抜けた。
アルトが右に、トネリアが左に。
一瞬、二人が並んだ。背中合わせで、庭の反対側を向いていた。
静かだった。
鈴が、一度だけ鳴った。アルトの剣の鈴だった。
「……今の」
「続けろ」
続けた。
しばらくして、トネリアが止まった。
「今日はここまで」
「早くないですか」
「話がある」
◇
縁側に並んで座った。昼前だった。春の光が庭に落ちていた。
「あの声の人間は、ソプラノという」
「……姉ですか」
「そうだ」
アルトは何も言わなかった。
しばらく間があった。
「師匠、姉は今どこにいますか」
「ウィロウと、一緒にいる」
「……母と一緒に、いるんですか」
「そうだ」
アルトは庭を見た。春の庭だった。芽が出ていた。新しく植えた花が揺れていた。
何も言えなかった。
「もう一つの質問は」
「……今日は聞けません」
「そうか」
「明日聞きます」
「わかった」
◇
夕飯を食べた。木の芽のゆでたのが出た。
箸を持った。一口食べた。
止まった。
止まったことに、自分で気づいた。もう一口食べた。うまかった。うまかったが、味が遠かった。
芋を食べた。うまかった。うまかったが、やはり遠かった。
アルトは食べながら、姉と母が一緒にいる、という事実を頭の中で何度も繰り返した。
追い出されたのではないのか。
それとも——。
◇
その夜、トネリアは縁側に出た。
アルトの部屋の灯りが、しばらく消えなかった。
一つ聞いた。もう一つは明日、と言った。
明日が来る。もう一つの真実を話さなければならない。
言わなければならない。それだけは決まっていた。
笛を手に取ったが、今夜は吹かなかった。




