第24話 師匠の稽古が変わった
翌日から、師匠が打ち込んでくるようになった。
◇
朝の稽古。
「今日から変える」
「何をですか」
「こなたが打ち込む」
「俺が受けるんですか」
「そうだ」
「……できますか」
「やってみろ」
最初の一合で、吹き飛んだ。
木剣ごと、体が庭の端まで転がった。鈴が鳴った。土の匂いがした。
「起きろ」
「起きます」
「もう一度」
もう一度、三合で転がった。
「受けるな、動け」
「動くとはどういうことですか」
「捌かず、避けろ」
「違いは」
「捌くのは相手の力を流す。避けるのは相手の力に触れない」
「それは」
「やってみろ」
やってみた。打ち込まれた瞬間に動いた。右に跳んだ。
追われた。
「まだいる」
「いました」
「もっと遠く」
もっと遠くに跳んだ。追われた。転んだ。
「転ぶな」
「もう転んでます」
「転びながら動け」
転びながら動いた。
昼になった。十数回、庭に転がっていた。
◇
昼飯のとき、アルトは自分の体の感覚を確かめた。
転んでいる最中に、何かに気づいた。
師匠の鈴が、稽古中に一度も鳴らなかった。踏み込みのときだけ、一度。あとは鳴らなかった。
自分の鈴は、転ぶたびに鳴った。
「師匠」
「なんだ」
「俺の鈴、転ぶたびに鳴ります」
「そうだな」
「鳴るのは無駄があるからですよね」
「そうだ」
「転ぶのが無駄ということですか」
「転ぶ前の、力の入り方が無駄だということだ」
アルトは芋を食べながら考えた。
「わかりません」
「続ければわかる」
「いつですか」
「鳴らなくなったときだ」
◇
午後の稽古。
今度は素手で来た。
「師匠、木剣じゃないんですか」
「素手だ」
「どういう稽古ですか」
「お前の剣を、奪う」
「奪うんですか」
「そうだ」
構えた。打ち込んだ。
次の瞬間、手が空だった。
剣が、トネリアの手にあった。
「……速かったです」
「もう一度」
もう一度、打ち込んだ。
また空だった。
「今度は見てたんですが」
「見えるか」
「見えませんでした」
「もう一度」
五回やった。五回とも手が空になった。
六回目、アルトは打ち込む前に止まった。
止まって、トネリアの手を見た。素手だった。どこにも力が入っていなかった。
「師匠、どこで奪うんですか」
「見ていたか」
「見てました」
「どこで奪われていた」
「……踏み込んだ瞬間です」
「なぜその瞬間だと思う」
「力が入るからですか」
「そうだ。力が入ると、剣は固まる。固まれば動く」
アルトは剣を握り直した。
「力を入れないで打てますか」
「それができれば、奪われない」
「できますか、俺」
「やってみろ」
打ち込んだ。また奪われた。
十回やった。十回とも奪われた。
十一回目、アルトは少し笑った。笑いながら打ち込んだ。
また奪われた。
「なぜ笑った」
「もう奪われる前提になってきました」
「そうか」
「でも、今のは力が少し抜けていましたか」
トネリアが剣を返した。
「少しな」
少し、だった。それで今日は十分だった。
◇
夕飯のとき。
「師匠、なぜ今日から変えたんですか」
「通達が来たからだ」
「関係ありますか」
「ある」
「どういう関係ですか」
「時が変わった」
それだけ言って、食い続けた。
「時間が変わった、とはどういう意味ですか」
「そのままの意味だ」
「……わかりました」
わかったわけではなかった。ただ今日はそれ以上聞かなかった。
時間が変わった。稽古が変わった。
同じことだった。
◇
その夜、アルトは道場に入った。
剣を抜いた。手に持った。
奪われたのは十回だった。十回とも、力が入っていた。
鞘から抜いた剣を、ただ持った。重さを感じた。鍔の鈴が、風もないのに少し揺れた気がした。
この剣を選んだ日のことを思い出した。鍛冶師の小屋。捨てたくない気がします、と言った。師匠が、それだ、と言った。
まだそう思う。
捨てたくない。奪われたくない。
それが同じことかどうか、まだわからなかった。しかし今夜は、剣をただ持っていたかった。
しばらく持っていた。
それから鞘に戻した。定位置に置いた。




