第22話 師匠に通達が来た
役人が来たのは、春の最初の雨の日だった。
◇
朝から雨だった。細い雨だった。冬の雨とは違う柔らかさがあった。
昼過ぎに、門を叩く音がした。
今回の役人はいつもより立場が上の人間だった。装束が違った。後ろにもう一人いた。
トネリアが「わたくし」の声で応対した。アルトは屋内にいた。廊下に座って、声が届くのを聞いていた。
「剣術教授の制度を、この春をもって正式に縮小いたします。各地の師範への通達は既に——」
「承知しました」
「先生のご活動についても、段階的に——」
「承知しました」
遮った。役人が少し止まった。
「……ご意向をお聞かせいただければ」
「既に引退の身です。特段の意向はございません」
「しかし先生は——」
「承知しました」
もう一度だった。それで終わった。
役人が帰った。雨の音だけ残った。
◇
トネリアが戻ってきた。いつもの声に戻っていた。
「稽古をするか」
「……雨ですよ」
「道場でやる」
「師匠」
「なんだ」
「聞こえてました」
「そうか」
「俺、どうなりますか」
「稽古は続く」
「師匠はどうなりますか」
長い間があった。
「さあ」
「さあって」
「稽古をしろ」
道場で稽古した。雨の音が屋根を叩いていた。
◇
夕飯のとき、アルトは黙っていた。
木の芽のゆでたのが出た。今日は二人ともあまり食べなかった。
「師匠」
「なんだ」
「稽古は続く、と言いましたね」
「言った」
「それは本当ですか」
「本当だ」
アルトは少しの間考えた。
「わかりました」
それだけ言って、食べた。
芋がうまかった。今日は芋だけがうまかった。
◇
その夜、トネリアは文机の前に座った。
通達が来た。想定していた。しかし来ると重い。
アルトは「わかりました」と言った。それだけ言った。
途中で終わらせてはならない。こなたが決める。稽古は続く。それだけは本当だ。
雨の音がしていた。




