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第19話 師匠と剣を選んだ

 師匠に別の呼ばれ方があると知った日に、剣を選んだ。


 ◇


 また使者が来た。


 男が門前で、トネリアを見た。


「薄刃の——」


 言いかけて、止まった。トネリアが男を見ていた。


「トネリア先生、でよろしいですか」


「そうだ」


 男は書状を渡して、すぐに帰った。


「薄刃の、って言いかけましたよ」


「そうだな」


「薄刃の、何ですか」


「昔の呼ばれ方だ」


「薄刃というのは、試し切りのときに言いましたね」


「言った」


「じゃあ薄刃というすべが異名ですか」


「そうだな」


 アルトはすぐに、干し束草のことを思い出した。


「あの朝、音がしなかった」


「そうだな」


「見えているのに入った、という感じでした」


 トネリアは少しの間、アルトを見た。


「そういうことだ」


「褒め言葉ですか」


「さあ」


「褒め言葉ですよね」


「そうかもしれない」


 アルトは木剣を構えた。


「師匠はその名前を、どう思いますか」


「稽古を続けろ」


 ◇


 昼過ぎ、トネリアが「ついてこい」と言った。


 街の方向ではなかった。山沿いの、小さな鍛冶師のところに行った。


 小屋のような場所だった。炉の匂いがした。鉄の匂いがした。


 老いた鍛冶師が、トネリアを見た。深く頭を下げた。


「薄刃さ——」


「これを」


 トネリアが遮った。鍛冶師は頷いた。


「何本かあります」


 木の台に、何本かの刀が並んだ。鞘に入っていた。


「持ってみろ」


 アルトは一本を手に取った。


 重かった。右手に馴染まなかった。


「違います」


「そうか。次」


 二本目を持った。


 軽すぎた。


「違います」


「そうか」


 三本目を持った。


 何も言わなかった。


「どうだ」


「……わかりません。でも、捨てたくない気がします」


「それだ」


 三本目のものになった。


「師匠」


「なんだ」


「鈴はつけますか」


「そうしたいならそうしろ」


「したいです」


 鍛冶師が道具を持ってきた。鍔に細い穴を開けた。鉄芯を通した。小さな鈴を一つ、芯に通した。


 持ってみた。


 振ってみた。


 鳴らなかった。


「鳴らなかったですよ」


「そうか」


「まぐれですか」


「さあ」


「まぐれですね」


「そうかもしれない」


 帰り道、アルトは剣を持って歩いた。


 ◇


 夕飯のとき。


「師匠、有名だったんですね」


「剣聖だからな」


「なんで引退したんですか」


 トネリアは箸を止めた。人差し指が口元にいった。


「十分だったからだ」


「師匠のお師匠さまに言われた十分、ですか」


「それだ」


「なのに俺がいます」


「そうだな」


「なぜですか」


「こなたが決めた」


「また同じこと」


「同じことだからだ」


 アルトは芋を食べた。


 薄刃のトネリア、という呼ばれ方と今の師匠がうまく結びつかなかった。干し束草の切り口は見えた。あの動きは見た。しかしそれと今の師匠がどうつながっているか、まだわからなかった。


 新しい剣が手の横にあった。鞘の色がまだ新しかった。


「師匠」


「なんだ」


「この剣、自分で買ったことにしていいですか」


 トネリアは一拍置いた。窓の外を見た。


「そうしろ」


「師匠が連れて行ってくれましたよ」


「そうだな」


「どちらですか」


「……お前が選んだ。それだけだ」


 それだけだった。それで十分だった。


 ◇


 その夜、トネリアは縁側に出た。


 月が出ていた。


 アルトが剣を選んだ。自分で選んだ。捨てたくない気がします、と言った。それが正しい選び方だった。


 鍛冶師が「薄刃さ——」と言いかけた。遮った。アルトに聞かれた。少し話した。


 良かったかどうか、まだわからない。しかし、あの朝に見ていたなら、もう知っていた方がいいとも思った。


 春は近い。制度の件も、来月には正式な通達が来る。


 もう「かもしれない」の数が、ひと月前より減っていた。


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