第17話 師匠が昔の話をした
師匠が自分から昔の話をした。それだけで、今日は違う日だとわかった。
◇
夕飯が終わって、縁側に出た。二人で月を見ていた。
アルトは何も聞かなかった。聞かなくていい気分だった。月が明るかった。雪の庭が白く光っていた。
しばらくして、トネリアが口を開いた。
「師の下に来たとき、こなたは十三だった」
アルトは振り返らなかった。そのまま月を見ていた。
「十三で来て、二十になるまでいた」
「七年ですか」
「そうだ」
「なぜ出たんですか」
「師に行けと言われた」
「なぜですか」
「十分だと言われた」
「十分って、何がですか」
「さあ」
今日の「さあ」は本当にわからない、という「さあ」だった。
「師はどんな人でしたか」
「間違えると言われた」
「怒られるんですか」
「怒りはしない。間違えた、と言われた。それだけだ」
「怖くないですか」
「怖かった」
トネリアが怖かった、と言った。アルトは少し驚いた。
「どのへんが怖かったんですか」
「全部見えていた」
「何が」
「こなたが考えていることが」
「師匠も今、俺が考えていること、見えてますか」
「ある程度は」
「今、何を考えてますか」
「姉のことを考えている」
当たっていた。
「なんで」
「お前はいつも考えている。顔に出る」
「出てますか」
「出ている」
アルトは月を見た。顔に出るのか。知らなかった。
「師匠は、師匠の師匠のことをいつも考えてますか」
「たまに考える」
「どんなときに」
「お前が師に似ていることをするたびに」
「それじゃあよく考えるんじゃないですか」
「そうだな」
トネリアが、少し笑った気がした。顔は見えなかった。
「師匠が笑いましたか」
「さあ」
「笑いましたよね」
「さあ」
◇
稽古の変化は、その頃から始まっていた。
アルトは気づいていなかったが、打ち込みの体の軸が変わっていた。踏み込む前の一拍が、なくなっていた。なくなった、というより、体の中に吸収されていた。踏み込みそのものが拍を含むようになっていた。
師がこなたに言ったことがある。剣が体になるとき、という言葉。剣を意識しなくなったとき、剣は初めて体の一部になる、と。
アルトはまだ意識している。しかし、意識の置き方が変わってきた。
もう少しだ、とトネリアは思った。
春は来る。待つだけでは足りないかもしれない。何かをしなければならない気がし始めていた。




