第16話 師匠と言い合った
初めて、師匠に食い下がり続けた。
◇
朝から稽古だった。
真剣を持ったトネリアを見る訓練。十回中五回当たった。
「五回当たりました」
「そうだな」
「昨日より増えました」
「そうだな」
「良いですか」
「良い」
その一言が今日は引っかかった。いつもと同じ「良い」だった。しかし昨日の「まだだ」がまだ頭に残っていた。
「師匠」
「なんだ」
「昨日の人、姉ですか」
トネリアが止まった。真剣を持ったまま、止まった。
「違う」
「本当ですか」
「違う」
「声が若かったです。俺のことを名前で呼んでました。姉じゃないとしたら誰ですか」
「知人だと言った」
「知人が俺の名前を知っているのはなぜですか。俺のことを話した相手がいるなら、誰にですか」
「……関係ない」
「関係あります」
今日は引き下がらなかった。
「俺のことが関係ない相手に、俺の名前を話すんですか。おかしくないですか」
「稽古を続けろ」
「答えてください」
「続けろ」
「答えてください」
トネリアが、アルトを見た。
いつもと違う目だった。怒りではない、もっと別の何かだった。
「アルト」
名前を呼ばれたのは初めてだった。
それだけで、少し黙った。
「今は答えられない」
「なぜですか」
「その時ではないからだ」
「いつになったら」
「お前が決める。お前が、見えたと思ったとき、聞いてくれ」
アルトは黙った。
見えたと思ったとき。見えるかどうかを、自分で判断するのか。
木剣を下ろした。地面に置いた。
「師匠、俺は稽古のことだけ知っていればいいんですか」
「今は、そうだ」
「今は、ですか」
「そうだ」
「じゃあいつかは違うんですね」
「いつかは違う」
アルトは木剣を拾った。構えた。
「続けます」
「そうしろ」
◇
夕飯のとき、二人とも少し黙っていた。
「師匠」
「なんだ」
「名前で呼んだのは今日が初めてでした」
「そうだな」
「またいつか呼んでくれますか」
トネリアは茶を持った。一度冷ました。飲んだ。
「大事なことを言うときに呼ぶ」
「今日は大事なことを言いましたか」
「言った」
「何がですか」
「お前が決める、と言った」
アルトは芋を食べた。
お前が決める。稽古の到達点も、聞くタイミングも、自分が決める。今日初めてそう言われた。今日で何かが変わった気がした。何かはわからなかった。しかしそれは確かだった。
◇
その夜、トネリアは文机の前に座った。
今日は名前を呼んだ。呼ぶつもりはなかった。
ウィロウの目だった。何かを決めたときの目。アルトにはその目がある。まだ何かを決めていないのに、決めようとしている目だった。
春までに見えるようになるか。
今日の稽古で、五回当たった。真剣を持った相手を、五回読んだ。先週は三回だった。
間に合うかもしれない。今度は「かもしれない」ではなく「間に合う」と書けるかもしれない。
まだ書かなかった。




