表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/55

第16話 師匠と言い合った

 初めて、師匠に食い下がり続けた。


 ◇


 朝から稽古だった。


 真剣を持ったトネリアを見る訓練。十回中五回当たった。


「五回当たりました」


「そうだな」


「昨日より増えました」


「そうだな」


「良いですか」


「良い」


 その一言が今日は引っかかった。いつもと同じ「良い」だった。しかし昨日の「まだだ」がまだ頭に残っていた。


「師匠」


「なんだ」


「昨日の人、姉ですか」


 トネリアが止まった。真剣を持ったまま、止まった。


「違う」


「本当ですか」


「違う」


「声が若かったです。俺のことを名前で呼んでました。姉じゃないとしたら誰ですか」


「知人だと言った」


「知人が俺の名前を知っているのはなぜですか。俺のことを話した相手がいるなら、誰にですか」


「……関係ない」


「関係あります」


 今日は引き下がらなかった。


「俺のことが関係ない相手に、俺の名前を話すんですか。おかしくないですか」


「稽古を続けろ」


「答えてください」


「続けろ」


「答えてください」


 トネリアが、アルトを見た。


 いつもと違う目だった。怒りではない、もっと別の何かだった。


「アルト」


 名前を呼ばれたのは初めてだった。


 それだけで、少し黙った。


「今は答えられない」


「なぜですか」


「その時ではないからだ」


「いつになったら」


「お前が決める。お前が、見えたと思ったとき、聞いてくれ」


 アルトは黙った。


 見えたと思ったとき。見えるかどうかを、自分で判断するのか。


 木剣を下ろした。地面に置いた。


「師匠、俺は稽古のことだけ知っていればいいんですか」


「今は、そうだ」


「今は、ですか」


「そうだ」


「じゃあいつかは違うんですね」


「いつかは違う」


 アルトは木剣を拾った。構えた。


「続けます」


「そうしろ」


 ◇


 夕飯のとき、二人とも少し黙っていた。


「師匠」


「なんだ」


「名前で呼んだのは今日が初めてでした」


「そうだな」


「またいつか呼んでくれますか」


 トネリアは茶を持った。一度冷ました。飲んだ。


「大事なことを言うときに呼ぶ」


「今日は大事なことを言いましたか」


「言った」


「何がですか」


「お前が決める、と言った」


 アルトは芋を食べた。


 お前が決める。稽古の到達点も、聞くタイミングも、自分が決める。今日初めてそう言われた。今日で何かが変わった気がした。何かはわからなかった。しかしそれは確かだった。


 ◇


 その夜、トネリアは文机の前に座った。


 今日は名前を呼んだ。呼ぶつもりはなかった。


 ウィロウの目だった。何かを決めたときの目。アルトにはその目がある。まだ何かを決めていないのに、決めようとしている目だった。


 春までに見えるようになるか。


 今日の稽古で、五回当たった。真剣を持った相手を、五回読んだ。先週は三回だった。


 間に合うかもしれない。今度は「かもしれない」ではなく「間に合う」と書けるかもしれない。


 まだ書かなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ